第20話 支えと疑いの間で
沈黙が重く場を包み込む。
投票の時間が迫る中、それぞれが互いの表情を探るように視線を交わしていた。
宇川が先に動いた。
宇川 謙
「──俺は、安住に入れる。もう決めた。」
椅子に浅く腰掛けたまま、片肘を肘掛けにのせ、冷酷に言った。
宇川 謙
「誰がどう言おうがな?
それっぽく聞こえること言って信用引っ張ってるだけだろ。
お前が偽物の可能性がある限り、不安要素が消えねぇんだよ。」
岬も、俯いたまま静かに口を開いた。
升田 岬
「……私も、投票は奏多くんにするつもり。
朱里の気持ちはわかる。
でも……ここで信じるって決めて間違ってたら
次はもうないかもしれないんだよ?」
その言葉に朱里の目が揺れた。
大咲 朱里
「……え……?」
細い声が漏れる。
朱里は震える手で自分の膝を握りしめた。
大咲 朱里
「私……あんなに……、ちゃんと、信じようって……」
椅子の上でかすかに体を丸めながら
それでも朱里は視線を上げて岬を見た。
信じたかった。
信じたはずだったのに、その信頼はあっさりと、目の前で否定された。
沈黙が一瞬広がったのち、奏多がゆっくりと椅子から立ち上がる。
その瞳には怒りも嘆きもなかった。
ただ、静かな意志が宿っていた。
安住 奏多
「……分かったよ。
升田も、宇川も、俺を疑うのは仕方ない。
でも……だったら俺も言わせてもらう」
奏多は真っ直ぐに宇川を見据えた。
宇川 謙
「今ここで場をかき乱してるのは誰だ?
誰よりも声が大きく威圧的で、信用してる人間の気持ちまで踏みにじって……
自分だけが正しいって空気を作ってる。
こんなの、おかしいだろ…
俺は宇川に投票する。」
その言葉に、朱里の肩がびくりと震える。
大咲 朱里
「……そうだよ……」
しぼり出すように、朱里が言った。
大咲 朱里
「私がが間違ってるかもしれない……
それでも、あんな風に……人の信じる気持ちをバカにするような人の方が、私は怖いよ。」
朱里は、涙をこらえるように瞬きをしたあと、拳を固く握りしめて言った。
宇川 謙
「私も──宇川くんに、投票する。」
朱里の言葉には迷いはなかった。
その声が静かに響いた瞬間、場の空気が微かに、しかし確実に変わっていくのを誰もが感じた。
みんなの視線が正太に集中する。
息が詰まるような静けさの中
奏多は正太の目をじっと見つめ、静かな声で語りかけた。
安住 奏多
「正太。俺のこと、信じてくれ。
怖いのはわかる。でも、俺は――お前と一緒に生き残りたい。
――俺はお前の味方だ――。」
戌井の表情がわずかに揺らぐのを、奏多は見逃さなかった。
そこに、宇川が鋭い口調で割って入る。
宇川 謙
「おい戌井。そいつの言葉に流されんじゃねぇぞ。
なあ?信じてくれってセリフだけで信じられるほど、
こんなゲーム甘くねぇんだよ。
ここで情に流されてミスったら、それで終わりなんだよ、全員な?」
宇川は椅子の背もたれにだらしなく寄りかかりながらも
目だけは鋭く正太を刺し貫いていた。
宇川 謙
「友達だから信じてだ?
そんなもん、真っ先に疑うべきなんだよ。
目を覚ませよ。
お前が最後の票、どう動くかで、決まんだ。
よーく考えろよ?
間違えたら、今度はお前が誰かの命を背負う番だぜ?」
部屋の空気は一瞬ピリリと張り詰め、
正太の胸の中で迷いが
静かに
しかし確実に膨れ上がっていく。
沈黙が落ちる。
――――
――戌井の心に、ある記憶が蘇っていた。
病院の廊下。
妹の検査の後、ベンチで一人うなだれていた時。
安住 奏多
「よ、正太。お前も来てたの?」
気軽に声をかけてきた奏多。
差し出してくれた缶コーヒー。
安住 奏多
「お前って真面目すぎるんだよ。
たまにはさ、適当に生きろって。」
あの時は……奏多の心遣いが嬉しかった。
――だけど、同時に、嫉妬していた。
こいつは、全部持ってる。俺は、何も持ってない。
その想いが、今もどこかにある――――