第19話 光の隣で影になる
戌井 正太と安住 奏多は、小学校からの付き合いだった。
正太が初めて奏多に出会ったのは、小学三年の春。
転校生としてやってきた自分に最初に声をかけてくれたのが奏多だった。
安住 奏多
「なあ、お前、サッカー好き?」
教室の片隅で、給食袋をいじっていた正太に、
奏多はニッと笑って聞いてきた。
戌井 正太
「……まあ、好きだけど」
安住 奏多
「じゃあ放課後、一緒にやろうぜ。グラウンドで待ってる」
それがきっかけだった。
奏多は明るく、勉強もでき、見た目も、運動神経も良く
何より人を惹きつける魅力を持っていた。
正太はどちらかというと真面目で、ひとつひとつを丁寧にやるタイプで、
性格は正反対だったかもしれない。
それでも奏多は正太を気に入ったようで、何かと一緒に行動するようになった。
中学、高校と進むにつれて、ふたりは自然と親友と呼べる関係になっていった。
ただ──
いつからだろう。正太の心に小さな黒い影が生まれたのは。
戌井家の生活は、決して豊かではなかった。
中学の頃に父親は他界し、母は体を壊し、今ではほぼ寝たきり。
妹は生まれつき心臓に疾患を抱えていて、月に何度も病院に通う生活を送っていた。
放課後、友達と遊ぶ代わりに、母の代わりに買い物へ行き、妹を連れて病院へ通った。
その病院で、奏多と再会することが多くなった。
なぜなら、奏多の父親がその病院の医師だったからだ。
安住 奏多
「また来てたのか、正太。妹ちゃん、具合どう?」
戌井 正太
「ああ、今日は検査だけ。……ちょっと疲れてるみたいだけど」
安住 奏多
「そっか。俺は、父さんの手伝いして帰るとこ。じゃあ、またな!」
そんな他愛もない会話だった。
でも、制服を着崩して病院の廊下を歩く奏多を見て、ふと正太は思った。
(なんでお前は、いつもそんなに気楽そうなんだよ)
奏多が悪いわけではない。
むしろ、いいヤツだ。
小さい頃からずっと変わらない。
親切で、仲間想いで、頼りがいがある。
そう思うからこそ、なおさら正太は苦しかった。
自分には何もない。
正義感や誠実さ、家族の為に生きてきたつもりだったが、それでは何も変えられない。
家族は苦しんでいるのに、自分には何もできない。
奏多は何もしていないのに、全てを持っていた。
この気持ちに、名前をつけてはいけないと分かっていた。
それでも、正太の中でその影は少しずつ、静かに育っていた。