第17話 揺れる白と黒
ホールには、昨日よりもさらに重苦しい空気が満ちていた。
誰もが、誰かを警戒し、信じられずにいる。
それでも時計の針が18:00を指した頃
無言のまま、全員が一つ、また一つと席に着いていった。
夏菜と久住が座っていたはずの椅子だけが、空席のまま――。
そんな沈黙の中で、岬がそっと手を上げるようにして言葉を発した。
声は柔らかいが、目の奥は鋭い。
升田 岬
「ちょっと冷静に考えてみていいかな。
昨日、襲撃された久住くんは自分が占い師だって言っていた。
そして奏多くんも占い師を名乗っている。
つまり――この二人のうち、どちらかは確実に偽物ということになるよね」
周囲が頷き始める。岬は続けた。
升田 岬
「もちろん、どっちが本物かは断定はできない。
でも、久住くんがもし本物の占い師だったとしたら……
今生きている奏多くんは、偽物ということになる。
人狼か狂人か、それは分からないけど……
どちらにせよ、村人側じゃない可能性がある」
彼女は落ち着いた口調のまま、視線を奏多に向ける。
升田岬
「奏多くん自体が怪しいわけじゃない。
でも、今この段階で偽者の可能性がある人っていう意味では
奏多くんを疑うのが妥当なんじゃないかと思ってるの。
もし奏多くんが偽物だった場合に今日村人陣営の人が処刑に
なったら明日人狼と狂人と村人陣営になる可能性だってある。
投票するかどうかは、最終的にはみんなの判断だけど……
私は偽物の可能性が考えられる奏多くんに投票するべきだと思う。」
その言葉には、感情ではなく“論理”がこもっていた。
冷静で、正しいことを言っている。
だが、その冷静さが逆に
──誰かにとっては、感情を踏みにじるものにも思えた。
思わず、声が飛ぶ。
大咲 朱里
「……でも、それでも私は……奏多くんを信じたい!」
意外にも強い声だった。
その場の全員が、ぴたりと朱里を見た。
いつも控えめで目立たない彼女が
思いのこもった声をあげたことに驚いたようだった。
自分でも気づかないまま、彼女が手をぎゅっと握り締めていた。
顔を伏せかけて、それでもはっきりと続ける。
大咲 朱里
「……たしかに、占い師かどうかなんて、本当のことはわからない。
だけど、あのとき私の名前を出してくれたときの、あの言い方……
私は、嘘を言ってる人の顔には、見えなかった。
信じたいって……
そう思ったの。」
その声には、迷いも、不安もあった。
それでも、ただ疑いの連鎖に飲まれて終わりたくないという
ぎりぎりの信念がこもっていた。
奏多は、一言も挟まず、その姿を見守っていた。
岬はしばらく黙ったまま、朱里を見ていた。
そして静かにため息をつくと、少しだけ声のトーンを落として言った。
升田 岬
「朱里の気持ちは……わかるよ。
信じたいって思える人がいるのは、すごく大事なことだと思う。」
柔らかな声音だった。
だが、その目は真っ直ぐで、迷いがない。
升田岬
「でも……だからって、信じたままでいいとは限らない。
このゲームは、信じた人に裏切られて負けることだって、いくらでもある。
誰かの言い方とか表情を理由にして、その人を白と決めつけるのは……
やっぱり危険だと思う。」
言葉の節々に、冷徹な推理を重ねてきた者の意志が滲んでいた。
升田岬
「そもそも、もし奏多くんが狂人か人狼だったら、白を出す相手は村人に決まってる。
白を出された人が“信じてくれるってことも、
最初から狙ってるかもしれない。
むしろ──朱里が信じるって言ったことで
私の中では逆に……疑いが強くなった」
朱里の肩がピクリと震えた。
彼女は一瞬、反論しようとして……しかし何も言えず、唇を噛み締めた。
岬は静かに続ける。
升田 岬
「私たちは、感情じゃなくて、筋道で考えないといけない。
誰を吊るかで、命がかかってる。
信じたいかどうかより、論理的に危険な可能性がある人物を優先するべき。」
それは、岬なりの責任だった。
全員の命がかかるこの場で、少しでも判断を誤れば、誰かが死ぬ。
──そして、その誰かが、自分自身かもしれない。
その場の空気が重くなる。
その言葉に対して、奏多が少しだけ眉を寄せて応じた。
安住 奏多
「……そういう論理で疑われるのは、分かるよ。
でも俺は本物なんだ。
本物の占い師が吊られるのは、村人側にとって致命的だ。
それこそ、人狼が望む展開だよ。」
彼は椅子の背に手を置き、やや前のめりになって話を続ける。
安住 奏多
「俺を吊るっていう流れそのものが
人狼の誘導じゃないかって疑ってる。
占い師を排除したい気持ちになるのは分かる。
でも……考えてみてくれ。
仮に俺が本物だったら、情報が手に入らなくなる。
それって、本当にいいこと?」
岬は少しだけ表情を曇らせながらも、冷静に答えた。
升田 岬
「それでも、どちらかが偽物であり本物がわからない以上、
人狼側の可能性が消えない限り、いずれかは吊らなきゃいけない。
今、最も可能性が高いのが奏多くん――私は、そう考えてるだけ。
もちろん、本当に村人側だったらごめんなさい。
でも、推理は冷静に進めたいの」
そのやりとりに、周囲の空気がさらに張り詰めていく。
議論は、徐々に投票へと近づいていた――。