第16話 静かな亀裂
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やがて、ばらばらだった者たちが、
恐る恐る、しかし自然と
食堂へと集まり始める。
椅子のきしむ音。
誰も何も言わない時間が数秒続いた。
誰もが目を伏せがちで、互いをまっすぐに見ようとはしない。
そんな中、奏多がゆっくりと椅子から立ち上がった。
安住 奏多
「……俺、今日の夜、大咲を占った。
結果は“白”だった。信じてほしい」
低く落ち着いたその声が、ホールの静寂を破った。
何かを断ち切るように、はっきりとした口調だった。
占い師として名乗り出た自分が、ついに結果を示す──
奏多の瞳は真っすぐに、誰かを探るように会場を見渡していた。
突然名前を出された朱里は、驚きに目を見開いた。
唇を震わせ、何かを言いかけるも、
すぐに口元に手をやり、それを飲み込む。
その目にはわずかに困惑の色と、どこかほっとしたような安堵が滲んでいた。
升田 岬
「……占い結果はわかった。
昨日の話し合いは混乱してたけど
今回は少し冷静に……ちゃんと、筋道立てて推理しよう。」
視線を下げ、拳を膝の上で握りしめたままの岬。
彼女の背筋は真っ直ぐで、どこか使命感すら漂わせていた。
ただの遊びではなく、本当に命が関わっている。
その現実を、一晩で痛いほど思い知ったからこその言葉だった。
そんな彼女の意見に、鋭く食い気味に割り込んだのは、宇川。
椅子の背にもたれながらも、その声には焦りと苛立ちが滲んでいた。
宇川 謙
「人狼はひとり。
狂人もひとり。
そしてグズが死んだ。
…役職は分からない。」
低くうなるような声。
拳を握ったまま、歯を食いしばる音が聞こえそうだった。
死の現実が、自分の目の前で起きたこと。
それが彼を変えていた。
その隣で、息を吸い込みながら言葉を探していた朱里が、ぽつりと口を開いた。
大咲 朱里
「……昨日吊った夏菜は……狂人の可能性もある?」
呟くようなその声は
不安と疑念を内包していた。
夏菜が最後まで自分は村人だと叫んでいた声が、まだ耳に残っている。
それが真実だったのか、あるいは狂人としての“演技”だったのか──
彼女の瞳はどこか遠くを見ていて、誰かに答えを求めているようだった。
ホールの空気はさらに重くなり、誰もが次の言葉をためらっている。
冷たい沈黙の中、誰が本当のことを言い、誰が嘘をついているのか──
その答えが、少しずつ、しかし確実に浮かび上がろうとしていた。
戌井 正太
「わからない……。
でも……占い師が2人出ている時点でどちらかが偽物なのは確実だよな…。」
一瞬、場の空気が凍った。
奏多は目を見開き、驚きを隠せなかった。
安住 奏多
「……正太からそう言われるなんて…
ちょっとショックだよ…。」
小さく息を吐き、目を逸らす。
安住 奏多
「でも……分かるよ。
こんな状況で、誰だって誰かを疑うんだからな。
俺だって、誰も信じられない気持ちでいっぱいだ。」
奏多はそのまま視線を正太に戻し、わずかに笑みを浮かべた。
安住 奏多
「……だから、仕方ないと思う。
今は、みんなでどうにか生き延びるしかない」
戌井 正太
「ああ…。そうだな。」
正太は小さくうなずき、二人の間に微かな和解の空気が漂った。
だが、その胸の奥には、まだ暗い影が残っていた。
だが、その声には揺れがあった。信じたいだけのようにも聞こえた。
その姿に、ふと宇川が目を細める。
肩肘をつきながらも、鋭く横目で見るその表情には、どこか警戒が浮かんでいた。
宇川 謙
「なあ、戌井。
……お前もやっぱり怪しいだろ。
昨日と変わらずまただんまりかよ。」
その一言に、場の空気がピリついた。
視線が一斉に正太に向けられる。
正太はわずかに顔を上げたが、口は開かない。
ただ目だけが、静かに宇川を見る。
その静けさが、逆に何かを隠しているように見えたのか、岬も口を開いた。
升田岬
「……ちょっと気になるのはわかる。
無口ってだけで疑うのもよくないけど……でも、黙ってるって、怖いよね。
人狼だったら、下手に喋らない方が、疑われずに済むかもしれないし……」
岬の言葉には、明確な敵意はない。
ただ、不安が素直ににじみ出ていた。
(もう誰も信用できない)という恐怖が
言葉の端々からあふれ出ていた。
正太は答えようと
左手の親指を内側に入れてぐっと握りながら、
口を開きかけたが、
その前に、奏多がすっと彼に視線を向けて言った。
安住 奏多
「……いや、昨日も言ったけど正太は……元々そういうやつなんだって。
言葉は少ないけど、誰よりも、状況を見て考えてるやつだから。」
正太が小さく目を見開いた。
奏多は、にかっと笑ってみせたが、その裏に焦りが見え隠れしていた。
そのとき、朱里が、おずおずとした声で口を挟んだ。
大咲朱里
「……そうだよ。私も最初は疑っちゃったけど
よく考えたら奏多くんが言うように
正太くんって、もともと静かなタイプだったと私も思う……」
彼女の言葉には、少しの擁護と、もっと多くの“揺らぎ”が混じっていた。
正太の人柄を思い出すように視線を落としながらも、その目は微かに揺れている。
沈黙を素として受け入れてもいいのか、それとも演技なのか──
その答えを自分でも決めかねていた。
ふと、大咲の視線が隣の奏多に向く。
白を出してくれた彼に対する信頼が、じんわりと胸の内に広がっていた。
大咲 朱里
(──奏多くんは、嘘をついてない……気がする。)
自分に向けてあの場で名前を出し、「白」だと言い切った。
あの一言が、どれほど命懸けの責任を伴っていたか。
それを理解したとき、大咲は自然と彼のほうへ少し身体を傾けていた。
正太を見る目はまだ警戒を含んでいたが、
その分だけ奏多を見る目には、わずかな安堵と期待があった。
このゲームの中で、信じられるものを──彼女はようやく、ひとつ見つけつつあった。
奏多に庇われたあと、正太は口ごもりながらも視線をそらすことができなかった。
自分は疑いの言葉を向けておきながら、
逆に守られてしまったことに戸惑いと少しの気まずさが胸に重くのしかかる。
戌井 正太
「……すまない、奏多」
ぽつりと呟くが、その声は震えていた。
普段は誠実で真面目な自分が、親友を疑ったことが、急に恥ずかしくなったのだ。
周囲の視線が二人に注がれているのを感じて、さらに息苦しさが増す。
安住 奏多
「こんな状況で、誰も信じられないって言ってたけど……俺も、信じたいんだ」
だが、その言葉に隠れた不安は消えず、
正太の心はどこか冷たく、孤独だった。
奏多に守られたことで逆に、自分の弱さを突きつけられた気がしてならなかった。
戌井 正太
「……ありがと……」
それだけ、正太は小さく呟いた。
議論は続く。
それぞれが、恐怖の中で、言葉を手探りするように口にする。
誰が人狼か。
誰が狂人か。
次に殺されるのは、誰か。
冷めたスープの匂いが、食堂に漂っていた。
だが、誰も手をつけようとはしなかった。