第15話 2人目の犠牲者
朝。
と言っても、窓のないこの施設では、
ただ時間だけが「朝」と告げているだけだった。
部屋のドアが、ひとつ、またひとつと開いていく。
眠れなかったのか、目の下に隈を浮かべた者。
憔悴しきっていた者。
沈黙を守ったまま下を向いている者。
それぞれが、それぞれの姿で、ゆっくりとホールへ向かってきた。
だが――1人だけが、姿が確認出来ないままだった。
大咲 朱里
「……来てない……?」
彼女は恐る恐る周りを確認しながら言った。
大咲 朱里
「……久住くん……? 来てないよね」
一瞬、沈黙。
誰もが名指しをためらったかのように顔を見合わせた。
宇川 謙
「まだ寝てんのかもな…」
硬い声で言う。
だがその言葉には、まるで自分自身に言い聞かせるような、
無理な明るさが滲んでいた。
升田 岬
「いや……見に行ったほうがいい」
彼女は立ち上がり、部屋番号を確認する。
升田 岬
「久住くんの部屋、たしか——5番」
戸惑いながらも、数人が立ち上がり、彼の部屋へ向かう。
正太も、そのうちのひとりだった。
胸が重い。
背中が熱い。
喉が、乾いていた。
ドアの前に立つ。
奏多が小さく、「俺、開けるよ……」と呟いた。
……ドアノブに手をかけた。
扉が、開く。
ぶわっ……
鈍く、濡れた匂いと、鉄のような香りが一気にあふれ出した。
安住 奏多
「うっ……!」
中には――水たまり。
床は濡れていた。
天井のスプリンクラーが作動した痕跡だ。
その中心で、久住が倒れていた。
両手首から滴った血が、まだ濡れた床に混じって広がっている。
大咲 朱里
「く、久住くん……?」
声が震える。
正太は後ずさり、何かを押し殺すように歯を食いしばった。
升田 岬
「ほ、ほんとに……また……また、ひとり……」
項垂れたように壁に手をついて顔を伏せる。
宇川 謙
「なんで……? なんで、こんな……!
ふざけんなよ……なんで、こんなことに……!」
宇川は怒りに似た叫び声を上げ
拳を壁に叩きつける。
朱里はその場にへたり込んだ。
口を両手で塞ぎ、しゃくりあげるように泣いていた。
ひとりの命が、再び奪われた。
確かに生きていた人間が、
目の前で「ただの死体」になっている。
そこにはもう、
人間の温かみも、言葉も、未来も残っていなかった。
――誰かが久住を襲撃した――――
全員が、知ったのだ。
この“人狼ゲーム”が、本当に“命の奪い合い”だということを。
部屋は静まり返り、
ただ久住の遺体と、水に濡れた床だけが、
そこに確かに起きた殺意を物語っていた。
久住の遺体を前に、誰もが呆然としたまま散った。
ホールに残る者
個室へ戻る者
ただ辺りをさまよう者。
だがその行動のすべてに、昨日までにはなかった“意識”が刻まれていた。
それは、“疑い”だった。
自分以外の誰かが、人狼であるかもしれないという。
⸻
朱里はひとり、部屋に閉じこもっていた。
ベッドの端に膝を抱えて、
久住の死体が倒れていた床の冷たさを思い出していた。
大咲 朱里
「なんで……なんでこんな……誰が……誰が殺したの……?」
涙を拭おうとする手が、スマートウォッチの存在を意識して止まる。
逃げられない。監視されている。
それだけは、もう疑いようがなかった。
⸻
宇川はひとり、大浴場の前にいた。
風呂に入る気などない。
壁にもたれ、
ひたすらに何かを考えていた。
宇川 謙
「……このままだと、俺が死ぬ可能性もある…」
本気でゲームに挑まなければいけないのか。
だが、誰を信じればいい?
全員が疑わしく見える。
あるいは自分自身が誰かに疑われているかもしれない。
「ふざけんなよ……!」
拳を握りしめた。
だが、どこにぶつけてもこの状況は変わらない。
⸻
岬は食堂にひとり行き、
紙ナプキンとペンで「席順」「行動時間」「投票履歴」をメモしていた。
思考の海に沈みながら、手は休まず動く。
「狂人が占い師を騙ってたとしたら……
どっちが本物でどっちが狂人?
どっちが味方?」
ぶつぶつと独り言をつぶやく。
目は鋭く、冷静に事態を整理しようとしていた。
⸻
正太は、 ホールの壁にもたれかかる。
逃げ道はどこにもない。
自分は生きなければならない。
妹のために、母のために。
でもそのためには……?
手のひらが汗で濡れていた。
自分の中に渦巻く感情――
罪悪感か
恐怖か
あるいは……
戌井 正太
「……くそ……」
そっと呟き、うなだれる。