第12話 冷たい場所へ
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首に深く食い込んだ痕が残ったまま、
羽賀 夏菜の身体はホールの床に横たわっていた。
その肌はもう生気を失い
うっすらと灰色がかっていた。
誰も、すぐには動けなかった。
泣き声すら、もうとっくに止まっている。
ただ、空調の微かな音だけが、虚しく耳を撫でる。
やがて――
戌井 正太
「……このままじゃ……だめだ。
誰か、動かそう。……せめて……」
升田 岬
「そうね…」
絞り出すような声だった。
目は真っ赤で、頬は濡れていたが
彼女は一歩、夏菜の方へ歩み出る。
安住 奏多
「……冷凍庫……に。
……あそこしか、入れられない……」
まだ床に倒れたまま、震える声で呟く。
少しだけ電気の痺れが残っているようで
彼は手をつきながら立ち上がった。
大咲 朱里
「……そんな、酷い……
そんな……冷凍庫に、なんて……」
しかし、その声に反応したのは――
宇川 謙
「だったら、どうすんだよ……
このままここに転がしとくのかよ……?
俺は無理だ。…」
目を逸らし、苛立ちと吐き気を
押し殺すように言い放つ。
その声は、どこか震えていた。
正太は何も言えなかった。
夏菜の身体を見つめながら
心の奥が締めつけられていた。
(これは……本当に命がかかってるんだ…。
……もう二度と元には、戻らない)
升田 岬
「……戌井、安住。……、運べる?」
正太は、無言で頷いた。
奏多もぎこちなく立ち上がり
顔を背けながら足を運ぶ。
三人はゆっくりと近づき――
躊躇いながら、夏菜の身体に手をかける。
まだ温もりが残っている。
安住 奏多
「……ごめんな、羽賀……ほんとに……」
唇を噛みながら、泣くまいと顔を歪める。
正太もまた、言葉にならぬ感情を
押し込めながら、その手を貸した。
ごとり、ごとりと、
わずかな音だけが床を伝い
三人はホールのにある扉の1つへ向かう。
そのあとを、朱里が足を引きずるようについていく。
冷凍庫の扉の前に立つ。
無機質なステンレスの重厚な扉が
まるで冷たい墓標のように見えた。
岬が扉を開けた。
内部からは、冷気が音もなく這い出てくる。
升田 岬
「……ここに、寝かせよう。
……ごめん……」
三人がそっと夏菜の身体を運び入れる。
安置というにはあまりにも無造作で――
けれど、彼女を「ここに置く」しか
もう方法はなかった。
正太は冷凍庫の中の壁に目をやる。
何もないはずのそこに
自分たちの「次」が見えるようで
身体がわずかに震えた。
朱里が、そっと手を合わせる。
大咲 朱里:「……ごめんね……夏菜ちゃん。……」
そう呟きながら、顔を歪めて泣いた。
扉が、ギィィ……ン と低く軋んで閉じる。
そして――カチリという音がして
冷凍庫は再び沈黙に戻る。
全員、ホールへ戻るまで
誰一人言葉を発さなかった。
ただ、その足音さえ
死に触れた空気に押し潰されていくようだった。
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