第1話 目覚め
天井を見上げたまま、何度もまばたきを繰り返した。
視界は少しぼやけている。
戌井 正太が目を覚ましたのは、
どこか病院の個室にも似た白い部屋だった。
天井には埋め込み式の無機質な蛍光灯が
淡々と灯り、壁には窓もなければ時計の針の音もない。
全てが無機質で、無音だった。
(……ここは、どこだ?)
まぶたの裏にあったはずの
自分の部屋の薄暗さも
慣れ親しんだベッドの軋む音も
どこにもなかった。
ただ、冷たい空気と、見たことのない部屋の匂い。
頭がぼんやりとして、夢か現実かの区別がつかない。
だが、時間が経つにつれて
次第に体の芯に冷たいものが染み込んでくる。
首に違和感を覚え、
右手を伸ばして触れようとして初めて気がつく。
「……っ!」
そこには何か冷たい金属の感触。
硬く、重たいものが首に巻かれている。
それだけじゃない。
両腕にも見覚えのない黒いリングが
はめられていて、左腕のそれはまるで
スマートウォッチのように微かな光を放っていた。
(……なんだこれ。どういう状況だ?)
彼はベッドから起き上がり、周囲を見渡す。
四方は灰色のコンクリートに覆われ、窓もない。
監禁されたような密室。
ベッドの正面には壁に埋め込まれた
大型モニターが静かに設置されていた。
心臓がバクバクと音を立てて暴れ出す。
そんなはずはない。
そんな現実、信じたくない。
…だけど、どうしても「普通」では
ないことだけは、体が理解してしまっていた。
ここに来る前のことを、思い出そうとする。
母さんの介護。妹の通院。
そこまで思い出して、ふと、胸の奥がひやりとした。
そして次の瞬間、そのモニターが音を立てて点灯した。
《こんにちは、参加者の皆さん》
画面には黒地に白文字で、
無機質なフォントが表示されていく。
《皆さんには、
これより【人狼ゲーム】にご参加いただきます》
正太は思わず声に出した。
戌井 正太
「……人狼? ゲーム?
は? 冗談……だろ?」
声が震える。答える者はいない。
ただ、無音の壁と白い照明だけがそこにあった。
画面は続ける
《人狼ゲームについて説明します。》
《参加者にはそれぞれ異なる役職が与えられます。》
《役職は村人陣営が5名、人狼陣営が2名です。》
《内訳はこちらです。
(村人3名)(占い師1名)(騎士1名)(狂人1名)(人狼1名)》
《プレイヤーたちは日中
誰が人狼なのかを話し合い
19時までに1人を投票で処刑します。》
《夜は、それぞれの役職が行動します。》
《占い師は1人を占ってください。
占った人が人狼か人狼ではないかわかります。》
《騎士は1人を護衛します。
ただし自分自身は守れません。》
《狂人は人狼陣営ですが人狼が誰か分かりません。
数は村人としてカウントされます。
人狼が勝利した際勝利になります。》
《人狼は1人を選んで襲撃してください。》
心の中に浮かぶ疑問は
答えのないまま膨れあがる。
誰にか誘拐された?
何のために?
誰がこんなことを?
何かのドッキリか、冗談か。
だけど、目に見える景色も
自分の身体も、あまりにリアルすぎた。
さらに、画面は続ける
《今回のゲームの参加者は7人です。》
《あなたたち7人は、同じ学園に通う生徒です。》
画面には7つの名前と番号が表示された
No.1 安住 奏多 (アズミ カナタ)
No.2 戌井 正太 (イヌイ ショウタ)
No.3 宇川 謙 (ウガワ ケン)
No.4 大咲 朱里 (オオサキ シュリ)
No.5 久住 翔斗 (クズミ ショウト)
No.6 羽賀 夏菜 (ハガ ナツナ)
No.7 升田 岬 (マスダ ミサキ)
正太の心臓が、ドクンと大きく鳴る。
その中は見覚えのある名前ばかりがあった。
安住 奏多 (アズミ カナタ)――小学校の頃からの親友。
まさか彼まで……?
こちらの衝撃に構わず淡々と画面は進んでいく。
《ルールについて説明します。》
《皆さん18:00にはホールに集まり
話し合いをしてください。》
《話し合いの終了は18:59。
以降、発言は一切禁止されます。》
《18:59から19:00までの1分間に
各自のスマートウォッチを用いて
人狼だと思われる人に投票を行ってください。》
《この間、いかなる発言も禁止されています。
違反した場合は、電流による警告が与えられます。》
《投票は必須です。棄権はできません。》
《同数の場合は決選投票を行い
さらに同数の場合はランダムで処刑されます。》
《19:00の投票後
最多得票者が即時処刑されます。》
《処刑の妨害は不可です。》
《22:00には部屋が施錠されるので
各自部屋に戻るようにお願いします。》
《人狼は23:00~2:00の間に襲撃先の
部屋に訪問しスマートウォッチをかざして下さい。》
《その瞬間から襲撃先は変更不可です。》
《騎士に守られている場合は扉は開きません。》
《朝8:00に扉が開きます。》
《建物の備品を故意に破損しないでください。》
《プレイヤー同士の同意の無い
暴力行為は禁止です。》
《ルール違反には首輪に電流が流れます。》
《吊られて処刑されたものは死亡します。》
《人狼に襲撃された者は死亡します。》
正太の息が詰まった。
冗談だと思いたかった。
だが、首に巻かれた金属の重みが
現実であることを突きつけてくる。
誰にも助けを求められない空間で、ただ1人――。
(頼むから……これは夢であってくれ……)
心の中で何度も、そう祈った。
けれどその祈りは、冷たい照明の下に吸い込まれて、消えていき、画面は進む。