サイテー
サユリは俺に抱きついたまま、
ピタッと止まった。
「俺たち、別れよう。」
もう一度抱き合ったまま、
サユリに言った。
サユリは俺からバッと離れて、
俺のパーカーを掴んだ。
「何この服。女くさいんだけど。」
そう言われた瞬間、
ぶどうの香りが一気に香ってくる。
「ねえ、どこいってたの?
急に別れようって何?
この服なんなの?女がいるってこと?」
サユリに体を揺さぶられながら
俺は何も言えずに突っ立っていた。
サユリは服を乱暴に掴んで
パーカーの前ポケットに手を突っ込んだ。
そして白い1枚の紙切れを出した。
「なにこれ。」
(連絡まってます。090…)
紙には電話番号が書いてあった。
「電話して。」
「え?」
「早く電話して!!!」
俺は震える手で携帯を出し、
見慣れない番号をゆっくり押した。
携帯を耳に当て呼び出し音がなる。
「もしもし」
と女が出た。
サユリがバッと携帯をとった。
「誰ですか?」
何が起きてるか分からず、
もしかして美世なのか?と考えていると
「は?私ハルの彼女ですけど。
どういうことですか?
…え?意味わからないんですけど!」
サユリの声はどんどん大きくなっていく。
「はあ、じゃあ待っててください。
今から行くんで。」
サユリは電話を切って、俺の体に携帯を押し付けた。
「サイテー。
やっぱ女いるんじゃん。」
「いや、え?誰だったの?」
「は?何しらばっくれてんの?
ハルの浮気相手、今近くのファミレスにいるって。
話し合いましょう。だってよ。
意味わかんない。ほんとサイテー。」
サユリは髪の毛を手で撫で下ろし、
ピアスをつけた。
俺はこれから一体何が起こるか分からず、
ただサユリの後ろをついて歩くしかできなかった。
俺の浮気相手がいる指定のファミレスに行くと、
入口から見える1番奥の4人がけテーブルに、
美世が座っていた。
美世は薄く化粧をして、
白いカットソーに、白いパンツを履いていた。
俺は美世から目が離せなくなっていた。
そんな俺を見たサユリは、
「あの女?」
と言って、入口の店員を振り払い、
俺の手を引いて美世のテーブルまでズカズカ歩いた。
サユリが俺の腕を抱えたまま、
美世の正面に座った。
「ハルトの彼女です。」
サユリはハキハキと喋った。
「ミヨです。
ハルトくんと別れてください。」
美世もハキハキと喋った。
サユリは俺を見て(はあーー?)と口パクした。
「あの、どうゆうつもりか解らないんですけど、
わたし、別れるつもり無いですし、
ハルトとどういう関係なんですか?」
「ハルトくんとは、
6年前に一度、肉体関係があります。」
俺は動悸が止まらない。
一体俺は何を言えばいいのか…
喉だけがずっと乾いていた。
「そしてハルト君は、私の事が好きです。」
美世はサユリをまっすぐ見て言った。
サユリは大きな目をさらに大きくして、
今度は俺を見ながら(やばーーー!)と口パクしてきた。
「水、みっつください。」
美世は手を挙げて、
近くのテーブルを片付けている男性店員に言った。
「はーい、少々お待ちくださーい。」
と店員が返事をし、
美世はサユリの方をまた見て言った。
「別れてほしいわけじゃないけど、
別れた方がいいと思うの。」
サユリは顔が真っ赤になっていた。
俺は何も言えず下を向く。
「は?誰のせいでこうなってると思ってるの?
あたしたちが別れたら、
ハルトと付き合おうとしてるの?
おばさんのくせに!」
「!?」
俺はおばさんという言葉に反応して、サユリをバッと見た。
「なに!?本当のことじゃん!
何歳なんですか?
いい歳して人の男とろうなんて、
恥ずかしく無いんですか?」
サユリは興奮して前のめりになってきた。
「お水でーす。」
水が3人の前に置かれ、
サユリはまた元の位置まで戻った。
俺は目の前の水を手に取ることが出来ず、
自分の唾液を飲み込み、また下を見た。
「ハルトくんとは付き合いません。」
「!?」
俺は美世をバッと見た。
「でもハルトくんは私の事が好きなので、
貴方をまた好きになる事はありません。
別れた方が貴方にとっていい決断だと思う。」
「は、なにそれ。」
サユリは手元にあったコップの水を、
美世の顔面に思いっきりかけた。
それを見て俺は立ち上がり、
「おい!!!何すんだよ!!!」
とサユリに怒鳴った。
その瞬間、なぜか俺も頭から水をかぶっていた。
美世が空のコップをテーブルに置いて、
「怒鳴らない。」
と言った。
俺は「すいません。」と、
小さく呟いて、ソファーに座った。
サユリは水に濡れた俺と美世を交互に見て、
顔をまた真っ赤にして叫んだ。
「よけて!!!かえる!!!」
サユリは俺を手で何度も叩いてソファーから追い出し、
早歩きでファミレスを出ていく。
美世を見ると、ハンカチで顔をふきながら、
人差し指で出口を指差して、
(いけいけ)とジェスチャーした。
ポツポツと座っている他の客の視線が突き刺さる。
俺は急いでサユリを追いかけた。
サユリは電話をしていたが、
俺が追いかけてくるのがわかったのか、
「ごめん、切る」と行って携帯をしまった。
「あの、俺」
「うるさい。もういい。顔も見たくない。」
俺はかける言葉も見つからないまま、
表情が見えないサユリの後ろをついて歩く。
背伸びしたように黒のピンヒールを穿いているサユリは、
時々積もった雪でバランスを崩す。
俺はサユリを抱えようとするが、手を振りほどかれた。
「ねえ、あの人の事、いつから好きなの?」
突然サユリが前を見ながら話しかけてきた。
「え、いや、」
俺は情けなく声が裏返る。
「もしかして、6年前からずっと好きだったとか?」
そんなわけない。と言うつもりだったのに、
俺はなぜか言葉が出なかった。
「はっ。最悪。
あたし、あの人の代わりに付き合ってたって事?
この2年間なんだったの。
サイテー!」
サユリは呆れたように笑った後、また泣いた。
「ごめん。本当にごめん。」
俺は謝ることしかできなかった。
アパートが見えてくると、
見慣れない黒い車が路肩に停まっていた。
サユリはその車に小走りに近寄ると、
運転席から背の高い金髪で長髪の女が降りてきて、
サユリを抱きしめた。
そして助手席から男が降りてきた。
真顔の高島だった。
背の高い女は、泣いているサユリの肩を抱きかかえて、
車の後ろの席へ誘導しながら、
俺を睨んで「サイテー」と言った。
「ミソコナッタゾ。」
高島はカタコトでそう言うと、
運転席に戻り、ドアを閉めた背の高い女を確認した後、
俺にウインクして助手席に乗った。
そして車は俺の横をスレスレで通り過ぎ、消えた。
サユリは本当に一度も俺の顔を見ずに、
どこかへ行ってしまった。
「寒っ。」
頭から水をかぶった俺は、
深夜の真冬の空の下で1人になった。