本当の優しさ
「ねえ、なんで半袖なの?」
美世は俺にバスタオルを渡しながら、
堪えきれずに笑っている。
「ちょっと、色々あって…」
着替えてる途中で飛び出してきた俺は、
真冬に白い半袖姿だった。
相当面白いのか、美世は目に涙を溜めて笑っている。
こんなに笑う人だったんだな。
でもそんなに面白いか?
と、俺も笑えてきて、2人で笑った。
「あーーー面白い。春人くん、お腹減ってる?」
「減ってます。」
よーし、と言って
美世はお湯を沸かし始めた。
そしてカップ麺をふたつ、テーブルに置いた。
「どっちにする?」
俺はうどんを手前に引いた。
「5分待ってね。」
「え!うどんは5分なんですね。」
蕎麦を持って横に座った美世は、また笑っていた。
うどんを汁まで飲み終えて、
ふーっと息を吐いた。
「ごちそうさまでした。
いきなり来てすいません。」
「…ねえ、わたしのせい?」
美世は食べかけの蕎麦を見ながら言った。
「違いますよ。
俺と彼女の問題なんです。
実は…」
結婚の話はしたくなかった。
「…俺、彼女の事、
もうどこが好きなのか分からなくて。」
美世は蕎麦をテーブルに置いて
俺をじっと見た。
「なら、すぐ別れてあげないと。」
俺がキョトンとしていると、美世は続けて話した。
「女の子の時間は有限。
今はまだ若いと思っていても、
あっという間に歳をとるの。
自分のこと好きでもない男と付き合ってるなんて、
時間の無駄なのよ。」
「でも、別れられるかなあ…」
「心配しなくて大丈夫。
女は強いから。
別れる時に泣いて喚いても、
ちょっと時間が経てば、
はやく別れてくれてありがとう。
なんて感謝するくらい。」
「そんな、薄情じゃないですか。」
美世はテーブルに肘をかけ、
顎を乗せてこっちを見る。
「まだまだだなあ。
本当の優しさを知らないね。」
そう言うと、美世は立ち上がり、
クローゼットに行き、
2分ほどゴソゴソして黒いパーカーを持ってきた。
「これ着て、早く彼女のとこ、戻ってあげて。」
俺は見覚えのあるパーカーを着て、
美世のアパートを出た。
「またね。」
美世はテーブルで手を振っていた。
外は、月明かりが積もった雪に反射して、
やけに明るく感じた。
携帯を見ると、高島からの着信が
2件入っていた。
俺は走った。
本当の優しさはまだ分からない。
でも、パーカーから感じる暖かさで、
美世と父に背中を押されたような、
そんな気持ちになっていた。
今ならサユリに謝れる。
もう、好きじゃないのに、
縛ってしまってごめん。
勝手でごめん。
自然と涙が溢れてきた。
サユリの元へ帰ると、
サユリは俺に抱きついてきた。
「ごめんハル、ごめんなさい。
自分勝手だったよね。
お願い、嫌いにならないで。」
俺はサユリを両手で抱き返して、
「別れよう。」
と言った。