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父の形見  作者: ヒイラギ
5/12

記念日

月明かりと街頭で照らされた真冬の道路は、

薄く凍っていて早くは歩けない。


美世は黒いコートに手を突っ込んで、

俺の少し前を歩いている。


「美世さん。危ないですし、家まで送りますから。」


「いやよ。家がバレちゃうでしょう?

 それに32歳にもなって、冬道くらい歩けるわよ。」


そう言って、美世はズンズン歩いていく。

危ないって、そういう意味じゃ無かったんだけどな。

と思ったが、俺は何も言わなかった。


6年前の美世は、今にも倒れそうだったのに、

俺の前を歩く美世は、まるで別人のようだ。


俺は少し寂しくなった。


「美世さん。もう、父さんの事、吹っ切れたんですか?」


「うーん…吹っ切れるとかは無いわ。

 忘れたりなんて出来なかった。

 そのくらい大切な人だったから。」


じゃあなんで、こんなにもこの人は自信に満ち溢れているのだろう。

あの日、あんなにも泣いて崩れて壊れていた女性が、

こんなにも生き生きしているのは、何故なのだろう。


暗くて閑散とした俺の実家に着いた。

 

「あれ?電気ついてないね。

 おばあちゃん、もう寝てるのかな?」


そう言って振り向いた美世を、

気付いたら抱きしめていた。


「美世さんごめん。

 もうここには誰も住んでないよ。」


「…そう、もう、ここには誰もいないのね。

 なんだか変だとは思ったけれど、

 なんで、実家に住んでるって嘘ついたの?」


「ごめん、そう言わないと、

 電車から降ろされそうだったから。」


「ふふ、私、そんな事すると思われてるのね。」


美世は俺の腕の中でクスクス笑っている。


「最初から私の家に来るつもりだったのね。」

「そうゆうわけじゃないよ…でも…ごめんなさい。

 俺、どうすればいいか…」


またクスクス笑う美世は、

俺の腕から離れ、

また少し前を何も言わずに歩いていく。




「適当に座ってね。」

美世は小さなアパートの2階に住んでいた。


洋室のテーブルには、

海外のツアー情報誌や、ゴルフ場の割引券、

そして小さな青い花柄のコーヒーカップが置いてあった。


テーブルの横にある座布団の横に座ると、

目の前にはオープンキッチンでお湯を沸かす美世が立っている。

キッチンの蛍光灯に照らされて、美世の長いまつ毛の陰が頬に落ちていた。


「ごめんね、こんなものしか用意できなくて。」


そう言うと、美世は恥ずかしそうに、

お湯を入れたカップ麺をふたつテーブルに置いた。


「3分待ってね。」

「知ってます。」


「あ、こっち、うどんだけど、そばでいい?」

「そばがいいです。」


「やっぱり。」


美世は肘をついた手に頬をのせて、

俺をじっと見てきた。


「俊人さんも、そばしか食べなかったのよ。」


胸が痛い。

そうだった。

この人は、俺じゃない。


俺の奥に、父を見ているんだ。


カップ麺を食べた後、美世はポツポツと話し始めた。


「わたし、自分に自身がなかったんだけど、

 俊人さんがね、わたしを変えてくれた。

 挑戦する楽しさを教えてくれたの。

 俊人さんは、

 私がやりたい事をずっと応援してくれてて…、 


「春人君?」


聞きたくない。

今はそんな話聞きたくなかった。


俺は美世をじっと見つめた。


「ごめん。気に障ったよね。」


そう言って俺の目の前から、

食べ終わったカップ麺を避けた。


その時、俺は美世の腕をつかんでいた。


「春人くん。だめよ。」


「なんで?」


「わたしは、もうあんな罪悪感を感じたくない。」


「それだけ?

 俺は、美世さんがどう思ってても、

 俺は、俺だよ。」


美世の瞳が揺れていた。


「、、、やめてよ。

 あの人と同じこと、言わないで。」


俺は美世にキスをした。


6年間の空白が、埋まっていくような、

そんな気がして、夢中で美世にキスをした。


美世の細い首筋にキスをした、その時、

電話が鳴った。


「春人君っ…電話が」

「いい…なんでもないよ。」

「なんでもないわけ無いでしょ、こんな時間に。」


「…あ」


サユリだ。

俺はすっかり忘れていた。

美世の部屋にある時計を見ると、22時を回っていた。

サユリが待っている。


「春人君…恋人いるのね。」


美世はまっすぐ俺を見ている。


「ごめん、俺…かえるよ。」


「…大丈夫よ。何もしてないわ。気を付けて。」


「ごめん」

 

俺は荷物を掴んで、外へ飛び出した。

なにもかも、むしゃくしゃしていた。

誰も悪くない。

俺だけが悪いんだ。


サユリは家で待っていてくれている。

美世は俺を大切にしてくれている。


なのに俺は、ふたりとも不幸にしてるだけじゃないか。


そう思うと、どうしようもない情けなさが、

俺を襲ってきた。


駅までは歩いて30分。

終電には間に合うが、サユリに会うのが怖い。


結局電話に出れなかった俺は、携帯の電源を切り、

俺はサユリの待つアパートへ2時間かけて歩いて帰った。


アパートに着くと、電気は消えていた。

ほっとした。


電話がとれなかったことに関しては、

充電が切れたことにして、

この時間まで何をしていたか、明日までにどうにか言い訳を考えないといけない。


玄関を開けリビングへ行くと、

テーブルに料理が置いてあった。

電気をつけると、ハート型のケチャップがかかったオムライスと、


『ハル!HAPPY BIRTHDAY!』


と書いているチョコが乗った、

半分食べかけのホールケーキが置いてあった。


 

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