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父の形見  作者: ヒイラギ
3/12

美世

父の納骨から一ヶ月ほどたったが、

俺は仕事前に、都内から片道1時間かかる父の墓に、

毎日通った。


なぜなら、あの女が毎朝拝みに来るからだ。


あの日以来、女と俺は少しずつ、父との思い出を話すようになった。


女は美世ミヨという名前で、やはり父と恋仲だった。

同じ会社で働いていて、父の働きぶりを教えてくれた。


俊人トシヒトさんは、いつも春人君を自慢していたの。

 俺みたいな男でも、こんな立派な男を育てれるんだーって。」


「実際どうですか?自慢の息子は。」


「うん、俊人さんの言ってた通り。

 こうやって毎日拝みに来てくれるなんて、俊人さん、うれしいだろうなあ。」


そう言って父の墓を、うるませた瞳で美世は見ていた。


「あの、美世さん。

 今日、仕事終わったら会えますか?」


「…今日はだめ。予定あるの。」


「じゃあ明日は?」


美世は父の墓をまっすぐ見たまま、

少し困った顔で答えた。


「…春人君。

 わたしとはあまり深く関わらない方がいいと思う。

 …なんて言ったらいいか分からないけど。

 わたしたちは…このくらいが丁度いいのよ。」


ハッとした。

俺は完全に美世を好きになっていた。

それを美世も気付いていた。


恥ずかしかった。

それでも俺は、とっさに取り繕って話した。


「ごめんなさい。俺…もっと父さんのこと知りたくて。」


「わたしだって、知らないことのほうが多いのよ。」


「じゃあ…変な意味じゃなくて、

 本当に変な意味じゃなくて、

 家に来ませんか?

 それで、仏壇の父さんに線香をあげてくれませんか?」


「家に?」


少しの沈黙があった後、美世がじっと俺を見つめる。

真っ黒な瞳が、俺の心を見透かしているようだった。


「父さん、きっと美世さんの事、特別だったと思います。

 だから、父さんのためにも、そうしてあげたいんです。」


「ほんとうに?いってもいいの?」

美世はまた目を潤ませていてた。




その日、俺は仕事が手につかなかった。

今日、美世が家に来る。

ただそれだけを考えていた。


仕事終わり、俺は足早に実家に帰って、部屋を片付けた。

四十九日の時にある程度綺麗にしていたが、

リビング、風呂場、トイレを見回る。


いや、何が起こるかなんてわからないじゃないか。

と自分に言い聞かせ、

自分の使っていた部屋のベットのシーツを新しいものに変えた。


そして、父の墓場に向かった。

墓場へ続く階段がある歩道に、

今朝会った時よりも濃く化粧をした美世が、

薄茶色のコートに手を突っ込んで立っていた。


俺は車を歩道に寄せ、助手席の窓を開けた。

「すいません、待たせました?」


「すこしだけ。」


そう言って美世は助手席に乗ると、

甘いぶどうのような香りが車内に広がる。


理性がクラクラと揺れる。

俺は車内で何を話したか覚えていない。


車から降りると、美世は俺の家を見上げて、

わー…。と小さく呟いた。


「お邪魔します。」


「すいません、自分のものは片付けたんですけど…

 まだ父さんのものが全然片付けれてなくて。」


「大丈夫!」


美世はそう言って、なぜか廊下に落ちている雑誌を

ぴょんと跳ねてまたいだ。


「こっちです。父さん。」


仏間に上がらせると、美世は急にソワソワしだした。


「わたし…本当にここにきてよかったのかな。」


「え?俺が呼んだんですから、いいんですよ。」


「そうだよね。」


美世が仏壇の前に座る。

手際よく線香に火をつけると、拝みながらこう言った。


「俊人さん…ありがとう。

 貴方の息子さん。本当にやさしい子です。

 こんな、わたしなんか…

 ここにきていいって言ってくれました。

 ありがとう。

 もう、悔いはないです。」


泣きながら仏壇に手を合わせる美世を見て、俺は急に不安になった。


この人は、これからどうやって生きていくのだろうか。

父親の仏壇の前で、悔いがないと言った彼女は、

いったい何を考えているんだろう。


「美世さん。大丈夫ですか?

 悔いがないとか、変なこと考えちゃだめですからね。」


「そうだよね。変なこと言ってごめん。

 ありがとう。本当に、ありがとう。」


そう言って立ち上がった美世が、フラっと膝から崩れる。


「わ!」

俺は美世を正面から抱え込んだ。


「ごめん!ほんと、何してるのかなわたし、

 こんなんじゃ、本当に死んじゃうね。」


何か吹っ切れたのか、ふふっと笑いながら美世は俺を見上げた。

そして、こう言った。


「春人君は、お父さん似ね。」


俺は美世をそのまま畳に押し倒した。


覚えているのは、彼女の甘いぶどうの香り。

7歳上の彼女の細い体は、動くたびに壊れてしまいそうだった。


必死に俺にしがみつきながら

「ごめんね、ごめんね」

と誰かに謝り続け、泣いていた。


そして目が覚めた時、

美世はどこにもいなかった。


それっきり、美世はもう

この世界から消えてしまったように姿を消した。


仏壇の父の写真とともに。


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