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アレンの降格 §2[ヴィル]

 アレンは学生の頃からきちんとした後輩だったが、そのままきちんとした部下になった。

 相変わらず姿勢が良く、背中に棒でも入れているのではないかと思うほど背すじがきちんと伸びている。

「報告か? 今日はずいぶんと早いな」

「団長……」と言った彼の表情が暗い。

「どうした? 何かあったのか?」

「リア様をナンパするのは、やめていただけますか」彼は恨みがましい目で言った。

 ぶばぁっ!と、クリスが茶を噴いたせいで、向かいに座っていた俺に飛んできた。

 制服だから何を飛ばされても良いのだが、その変な茶だけはよせ。すぐに【浄化】を使ったが、臭いが残りそうで不安だ。


「ヴィル! てめぇ、説明しろ!」

 クリスの鼻の穴が広がっている。

「たまたま神薙が負傷した現場に出くわして『俺が助けた』という肝心な部分を、今まさに話そうとしていたところだ」

「ぬぁんだとぉぉ……」

 クリスは嫉妬をするようなつまらない男ではない。

 ただ、幼なじみであるのを良いことに、根掘り葉掘りしつこく聞いてくる奴ではある。

「お前、リア様に何をした!」と、彼は俺をにらみつけた。

 助けたと言っているのに、ひどい言いがかりだ。

「断じて不埒(ふらち)な真似はしていない。ましてやナンパなどでもない」

 そうは言ったものの、少し不安になってきた。……何もしていないよな?

 ゴロツキから救った。

 多少アレではあるが、真っ赤になった手首を冷やしてやった。

 荷物を拾い、大通りまで送った。

 大丈夫だ。たぶん何もしていない。


「宮廷(なま)りの小リスがゴロツキに絡まれていたから追っ払った。負傷して困っていたから少し助けた。それだけだ」と、俺は胸を張った。

「現場はどこだ?」と、クリスが聞いてきた。

「商人街から横道に入ったところだ」

「危ないな……淑女が一人で歩く場所ではないぞ」

「俺もそう思う」

「なぜ護衛とはぐれた?」

「側仕えの騎士に聞いてみろ」

「おい書記、最初から説明しろ」

 アレンは一瞬「うっ」と喉を詰まらせた。

 身に覚えのない言いがかりをつけられた俺は、ここぞとばかりに反撃を試みる。

「クリス聞いてくれ。彼は神薙を傷つけられたことで激昂(げっこう)し、派手に魔力漏れをやらかして玄関で突風を起こした。その結果、エムブラ宮殿の調度品を壊したのだ」

「マジか。何があった? 俺に話してみろ」クリスは優しい奴だ。

「しかも、陸将に向かって、犯人を捕らえなければ首を斬ると脅迫もしたのだ」

「どうした。お前らしくないぞ」

「俺が代わりに謝りに行ったのだ。いやあ、大変だったなぁ……」

 アレンは鋭い眼光で俺をにらみつけていたが、すぐにいつものあきれ顔に戻った。

「デタラメを言うのはやめてもらいたいですね。謝るどころか、団長が畳みかけに行ったと聞きましたよ?」

「チッ、バレていたか」

「ヴィル、お前という奴は……」

 せっかくの反撃がブーメランで戻って来てしまった。


 アレンは事の詳細を知っていた。おそらく、父親から情報提供があったのだろう。総務大臣を務めているアルベルト・オーディンスはアレンの父で、俺の父や叔父とは学生時代からの友人だ。


「まあ座れよ、書記クン。何にそんな腹を立てたんだ?」と、クリスは彼に説明を促した。

「うちの団員が警ら隊員から賄賂をねだられたのですよ」

 アレンは不満そうな顔で、その日の出来事を話した。


 王都陸軍の傘下にある警ら隊は、以前から問題の多い組織だったようだ。

 アレンは神薙から聞き取った特徴を警ら隊に伝え、緊急手配を要請していた。神薙を襲った犯人はずいぶんと目立つ容姿をしており、それが伝わっているにもかかわらず、すぐには捕まらなかった。

 うちの団員が状況を聞きに出向くと、警ら隊の態度はひどかった。金品をくれれば捕まえてやるが、何もくれないなら見つからないだろう、と平気な顔で言ったらしい。

「良いうわさは聞かないよな。特に西側の警ら隊は態度が悪い」と、クリスはアゴをなでた。

「その西側なんですよ、今回の現場」と、アレンが嘆くように言った。


 商人街西側の治安は、以前から問題視されていた。

 改善策がいくつも打たれ、警ら隊の意欲を高めるために給金も引き上げていた。しかし、ちっとも効果が出ていない。

 それもそのはず、警ら隊は腐敗していた。

 特に犯罪発生数の多い西側の庶民街を担当する一隊は賄賂まみれ。賄賂を受け取って罪人を見逃す一方で、罪のない民から金品を巻き上げていた。彼らはもはや町のゴロツキと変わらない。


 さらに、その上層組織である陸軍をまとめる陸将は、警ら隊に上乗せされた給金をくすねていた。上乗せ分のほとんどが陸将の懐に入っており、その被害額は計り知れない。

 陸将の一族が、収入を(はる)かに超えた金を、湯水のごとく浪費していることもわかった。

「さて、どいつから罰するか」と相談をしていたところに、神薙の事件は起きていた。


 叔父は俺に「ちょっと陸将のところへ行ってきてくれ」と言った。

 それまでに集めていた証拠の数々を渡され、使えるものがあれば持って行けと言う。俺は王が決めた処遇を伝える係だ。

 万が一、相手が納得しない場合は、推理小説の人気シリーズ「名探偵クリストファー・ジョン」のように証拠を突きつけ、「お前が犯人だ!」とでも言えばいい。


 神薙を襲ったゴロツキどもは西側の庶民街へ逃げていたことがわかっていた。警ら隊は金を受け取って奴らを逃がしていた。

 王命によって捜索が騎士団に一任されると、奴らは瞬く間に捕らえられた。

 当然ながら賄賂に関与した隊員も全員捕らえられたが、組織の頂点にありながら悪事に手を染め、組織を腐敗させた陸将の責任は重い。


 叔父は激高していた。

 今にも陸将を捕らえて殺す勢いだったが、宰相が思い留まらせて処分を提案した。

 陸将本人だけでなく妻の実家筋と親戚まで、追えるかぎり追って財産を差し押さえることになった。すべてを売り払って現金化し、強制的に返済させる処分だ。全額は無理だろうが、それでもかなりの金額を回収できる。

 宰相が提案した刑には、陸将の地位や身分を落とす処遇もなければ、身柄を取り押さえるような要素もなかった。体面だけはそのままに、財産をすべて差し押さえられたのだ。

 無一文で家もないのに、今までどおりに働くことを強いられる恐ろしい刑だった。

 宰相ビル・フォルセティーは敵に回したくない。彼は一度やると決めたらとことん冷酷になれる策士だ。温厚そうな顔をしているが、静かに激怒していたのだろう。


 陸将は自ら職を辞すべく、上司の兵部大臣(俺の父)に申し出たが、刑の執行中であることを理由に辞職は却下された。

 家族や親戚も無一文で家から放り出されており、彼は一族からの報復を恐れて王都から逃げ出した。しかし、彼は王都陸軍の頂点に立つ者であり、その重責を担っている。職務放棄は重大な軍規違反だ。瞬く間に追っ手がかかった。

 許可証を持たずに越境していたことも判明し、追加でいくつもの罪に問われることになった。彼が安全な場所まで逃げ切ることは不可能だった。


 陸軍全体の組織改定があり、警ら隊は立て直しの真っ最中だ。落ち着くまでの間は、我々王都騎士団も治安維持の一端を担うことになるだろう。

「諸々の顛末(てんまつ)を神薙に教えてやれば?」と言ったら、「言えるわけないでしょう? バカじゃないのか」とアレンにキレられた。

 以前の俺ならば「は? なぜ?」と思ったかも知れないが、今は彼がそう言うのも少しわかる。今の神薙には、あまりえげつない話は聞かせたくない。主犯が死罪になったと聞いても、彼女は喜ばない気がする。


「そんなことより、なぜリア様に家名を明かさなかったのですか。良からぬ意図を感じます」と、アレンがまた俺をにらんだ。

 おかげで、またクリスの矛先が俺に向いた。

「ヴィル、お前が身分を隠してどうする。なぜ名乗らなかった」

「違う。あの日は隠密行動で、そのために全体訓練にも行けなかった。大っぴらに言えなかっただけだ」と、俺は言い訳をした。

「なんだよ隠密行動って」

「例によって叔父上のお使いだ。訓練をサボるにしては内容がくだらなすぎて、口に出すのも恥ずかしい」

「はあ……相変わらず陛下の便利屋か。不憫(ふびん)だな」と、彼は同情してくれた。

「しかも無給だぞ。街の便利屋のほうがもうかる」

「いっそ便利屋を開業するか?」

「やれるものならな。世界で貧乏な王族を順に並べたら、俺は絶対に一位だ。戦に出ても褒賞がペン一本だったのを知っているだろう?」

「そう言うなよ。当時の給料では買えない高級品だぜ?」

「まあ、そんなわけで、苦情は叔父上まで頼むよ」

「言えるかよ、ばーか」と、クリスは笑った。

 俺が神薙に名乗らなかった理由はほかにもあったが、名乗れるものなら名乗っていた。それは俺の本心だ。


 アレンは小さくため息をつき、「リア様から、お礼の品です」と、手にしていた小さな籠を差し出した。


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