表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/276

父と子

「実子ではないことが関係あるのなら、もう私のことは籍から外してください。リアの夫候補になれるのなら、家名などなくても構いません。王籍も要りません。もう父上に振り回されるのは御免です」


 ヴィルさんの口から半ば投げやりな絶縁宣言が飛び出した。


 しかし、わたしが思うに、苦情や文句を言うのは物事を改善したい人だけだ。相手に文句を言っている時点で「絶縁したくない」と言っているようなものだった。


 陛下は深いため息をつくと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。

 アレンさんは陛下に席を譲り、わたしのそばで片膝をつくと軽く一礼した。

 ヴィルさんとお父様は二人で話を続けていた。話の内容までは分からないけれども、お互いに淡々と膿を出し合っているのは間違いないなさそうだ。


「リア、辛かったか……」


 アレンさんの代わりに陛下が手を握ってくれた。

 「大丈夫デス」と答えた。こればかり言っている気がする。


 精神的な辛さは和らいでいた。

 目の前でドンパチやられた親子喧嘩のせいですっかり霞んでしまったけれども、わたしを最も苦しめていた「ヴィルさんに遊ばれている疑惑」と「お父様にめちゃくちゃ嫌われているせいで結婚なんか絶対にムリ説」が、なんとなく解決している感じだ。

 困っているのは、体調が良くないことだった。何か大変な病気なのではないかと不安になってきている。


 ついでに言わせて頂けるのなら、あの親子喧嘩は見ていると少し辛い。


 ヴィルさんは手続き漏れと不名誉な噂を放置されたことで恥をかいたと腹を立てている。

 そこに実の子ではないから冷遇されているのだろう、という憶測のオマケが付いて、絶縁も辞さないという極論に行ってしまっている。

 実子ではないという話は初耳だったし、そんな風には見えなかったけれど、彼はお父様との間に何かしらの問題を抱えているようだ。


 それに対してお父様は、なぜ自分がそんな手続きをしなければならないのか(制度がおかしい)と合理的なご指摘だ。

 お父様は兵部大臣で、王都の全戦闘員のトップに立つ人だ。加えて、国防に深く関わっている。さらにはランドルフ公爵領の領主でもあるので、自領の管理もしている。王兄なので王族としてのお仕事も色々あるだろう。

 これだけ役割があれば、部下も数え切れないほどいるはずだ。猛烈に忙しいだろう。わたしの想像もつかないような、大変な重責を背負っている。


 最近、国境に隣国が攻めてきたというニュースが新聞に載っていた。

 今までも小さな小競り合いはしょっちゅうあったらしいけれども、大規模な軍隊で攻めてきたと書いてあった。王都から援軍を出したことや、戦況などの記事がよく出ている。

 それらの実務的な判断を下しているのはお父様だろう。

 戦を二つ抱えていると言っていた。判断を間違えれば多くの人命に関わる。どれほどの緊張感で毎日仕事をしているのかは計り知れない。


 国民の命と向き合っている人に「お父さん」の役割を求めるにしては、ヴィルさんは歳を取り過ぎている気がした。

 彼に対して思うことは他にも色々ある。しかし、だからと言って彼を嫌いにはならない。


 消化不良を起こしている息子に寄り添うどころか、働け、やる気がないなら王籍を抜けろと言ってしまう父親もどうなのだろうと思う。

 ただ、お父様のほうも、日頃からヴィルさんが仕事熱心でないことに対し鬱積した不満がある。やる気がないなら出ていけと言いたくもなるのだろうが、お父様も彼に対して「働け」と文句を言っている時点で、本心は改善をご希望だ。

 王籍を抜けさせる気などないのに、極論を口走っている。


 二人とも溜まりに溜まったホコリが粉塵爆発を起こしていて、肝心な主題が薄まっているのだ。

 「直すべきところをお互いに改めて仲良くしたい」と素直に言えば良いのに。


 実子であろうとなかろうと、お二人はそっくりです。

 わたしはそろそろハッピーエンドで本日の予定を終わりにさせて頂き、おうちでゆっくりお休みしたいです(さっきからお腹もキリキリと痛いの)

 くすん……。


 陛下が短い質問を二つしてきた。

 モヤモヤするわたしの気持ちを汲んでくれたような質問だった。

 わたしは二つとも「はい」と答えた。


 陛下はわたしの頭を撫でると、「あとは任せなさい」と言い、アレンさんに声を掛けた。


「オーディンス」

「はい」

「兄から直接話したと思うが……」

「その件でしたら承知しております」

「よくぞ気づいてくれた。取り返しのつかないことになるところだった。お前がいて助かる」

「勿体ないお言葉です」

「ただ、あまりヴィルを手伝い過ぎるな」

「専属で一日中追い回す人員を送ってください。十分な時間があり、強く物申せる人物でなければできません。もしくは副団長の権限を増やすことをご検討頂きたく」

「……わかった。兄に伝えておく。お前が匙を投げるほどなら、一時的に権限を変えることになるだろう」

「お願いします」

「ここで見聞きすることは他言厳禁だ。まあ、クリスの坊主に話す分には良いがな」

「心得ております」

「リアを頼む。途中で連れ出しても構わん。王宮医には話してある」

「承知しました」

「色々と苦労をかけるが、国のため、しばし辛抱してくれ」

「御意のままに」


 陛下が元の場所に戻っていくと、アレンさんはまた隣に座って手を握ってくれた。

 そして「見ているのが少し辛い場面があるかも知れません」と小声で言った。



 「ヴィル、その一覧にお前の名は加えない」


 席に戻るなり陛下は言った。


 「なぜですか。父上も認めています!」と、ヴィルさんは語気を強めた。どうやらお父様との話は決着が着いたらしい。


「お前は夫候補にはなれない」

「待ってください。今、当主が申し込みをすると」

「リアと話してきた。改めて言う。お前は夫候補にはなれない」

「……そ…んな。私からリアを取り上げるのですか!」

「父親とそりが合わずランドルフの籍を抜けたいのなら、今の公爵領を二つに分けてやる。仕事を人任せにして暇なようだし、兄は死ぬほど多忙だ。ちょうどいいから領地管理でもやれ」

「領地など要りません! ……俺は……リアだけが……」

「諦めろ」


 ヴィルさんは一瞬よろめいてその場にしゃがみ込んだ。

 わたしが彼の姿を見ないよう顔を背けると、アレンさんが抱き寄せて外套にわたしを隠してくれた。


「無理だと思ったら言ってください。すぐにここを出ます」


 彼が小声で言った。

 わたしはクニャッと頷くと、ため息をつきながら彼に寄りかかった。


 頑張れわたし、もう少しの辛抱ですよ。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

次回から第八章になりますが、第八章は丸ごとヴィル視点になります。

(作品完結までの間に、他にもいくつか別の視点が出てきます)


※ラノベ界隈は「Side+人名」で誰視点かを表すのが常識になっているようですが、これは英語的におかしいので、この作品ではすべて「POV」で記載しています。※point of viewの略です。

ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ