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王都へ

 アレンさんは懐から何かを取り出すと、ヴィルさんに押し付けるようにして渡した。

 そして、普段の何倍も早口で言った。


「今夜伝えようと思っていました。こんなものはただの貴族一覧だと思って気にも留めていなかったのです。これまでのあらゆる検証はすべて無駄でした」

「何の話をしている」

「先輩が自分で気づくほうがいいと思います。こちらは私に任せて、今すぐ動いてください」


 彼は普段、「団長」と呼んでいるヴィルさんのことを、「先輩」と呼んでいた。部下としてではなく友人として話すときはそうなる。


「見るのは一番上です。あるべきものがありません。根底を覆す重大な事態です。急いで。もう行ってください」

「どこに?」

「宿です。混雑している場所で開いて良い資料ではありません。我々も戻ります」


 困惑しているヴィルさんとの会話を終えると、アレンさんは「行きましょう、リア様」と言った。


 抱っこで運ぼうとするアレンさんをペイッとして、わたしはニコヤカに馬車まで歩い……ているつもりだったけれども、アレンさんが強めに支えてくれていた。


 そんなにガシッと支えて頂かなくても歩けるのですよー。

 大丈夫です。

 何でもないのです。

 平気なのです。

 背すじを伸ばしてワンツーワンツー。

 わたくしは石。

 何も感じないの。

 このまま墓石になれるから、すごくエコ。

 おほほほほっ。


 ゲフン、ゲフン……っ


 ホテルに着き、お部屋のドアノブが見えたあたりで記憶がグジャっとなってしまってそこから先は良く覚えていない。

 ただ、ミストさんとアレンさんが、わたしの名前を何度も呼んでいた。


 いつどうやって寝たのか分からないけれども、気がつくと翌朝で、いくぶん気分が良かった。

 ひとつ残念だったのは、また手がぷるぷる震えていたことだ。

 ルームサービスで朝食が運ばれてきたけれど食欲は今ひとつで、どうにかフルーツだけ食べた。

 胃がムカムカする、頭痛がする、たまにセキが出た。少し熱っぽい気もする。

 もともと丈夫なほうなのに、こちらの世界に来て以来、随分と繊細だ。しょっちゅう倒れて運ばれている気がする。


 食後、緑の毒沼こと「しばふペースト」が久々に登場した。

 ああ、またやっちゃったのか……と思いつつ、自分が何をやっちゃったのかは良く分かっていなかった。

 ただ機械的にお湯とお砂糖を加え、スプーンでクルクルと混ぜて「しばふドリンク」に進化させる。この微笑む仏像、薬湯に関しては手慣れたものだ。


 フーフーして冷ましていると、どこかに行っていたアレンさんが戻ってきた。

 彼はわたしからそっとカップを取り上げると、「もっと良い薬が王宮にあります。急いで王都へ戻りましょう」と言った。


「芝生より良い薬? では、たんぽぽとかでしょう? ウフフ」


 彼は何も言わずに首を振り、わたしをヨシヨシした。

 「大概のお薬は飲めるから心配しないで」と言っても、ずっと彼はわたしの頭を撫でていた。


 馬車は来たときのルートをなぞるように、王都へと戻っていった。

 食後に必ず薬湯が運ばれてきたけれども、アレンさんは首を振って「かえって負担になるから無理に飲まなくていい」と言った。

 ただ馬車に乗っているだけなのに、移動は意外と体力を消耗する。休憩所や宿で座っているのがしんどい。しかし、寝てもしんどいという状態だった。

 誰かに寄りかかっていると少し楽だったので、休憩中はアレンさんかフィデルさんの肩を借りていた。

 二人ともわたしの手を握って励ましてくれた。


 ヴィルさんは付かず離れずの距離にいて、ずっと何か書き物をしていた。動揺したくないので、なるべく見ないようにした。


 無になろうと、心の中で般若心経を唱えた。

 途中の宿でふと気づいたら「ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー」と、声に出てしまっていたようだ。

 またアレンさんが血相を変えてわたしの名前を呼んでいた。

 精神統一に良いのだと説明する気力と体力がなく、ヘロヘロと彼に寄りかかった。ギュッとして、ヨシヨシをしてもらった。

 思い起こせば、人生初の失恋をしたときも、こんなふうに兄に抱かれて頭を撫でられながらわんわん泣いた気がする。全然成長していない。


 移動中、馬車の窓から外を見ると、気持ちの悪い青空だった。灰色の上に水色を重ね塗りしたような色だ。

 いつ、どこで窓を覗いてもその色だった。


 帰りの旅程は相当な巻きが入ったようだ。途中の宿場町で一泊し、翌日には王都へ戻っていた。


 王宮に着き、陛下のプライベート用の出入り口から入った。ヴィルさんが前を歩き、そのだいぶ後ろをアレンさんに支えられて歩く。

 そして、陛下のプライベートサロンに三人だけ通された。


 中に入ると、「はて?」と思うような光景が目に飛び込んできた。


 正面に、イケオジ陛下が『二人』いた。


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