新しい仲間
わたしが部屋に入っていくと、マダムと娘さんが目をひん剥いた。
大慌てで立ち上がり、床に膝をつこうしたので制止する。
すっかり辛み成分が抜けたマダム赤たまねぎは、ごく普通の綺麗な年配女性になっていた。
わたしの母国にあったものを参考に下着を作りたい。そして、いずれは商品化して売りたいという話を侍女長から説明している最中だったので、「わたしのことは気にせず続けてください」と、説明の再開を促した。
一通り話を聞いたマダムは、「なぜわたくしに?」と戸惑う様子を見せていた。
「先代のドレスをデザインしていた経験から、裸に着けて魅せるものが得意だと思いました」
わたしがそう答えると、マダムは目を輝かせた。
しかし、興味はあっても「ゼロから最初の一つを創り出す苦労は計り知れない」と尻込みしていた。若い頃と違い、体力的に無理ができないのも不安だと言う。
「確かに、突拍子もないことをやろうとしています。この国では大変な先駆者になるでしょう」
わたしが話し始めると、マダムの娘さんが震える母を励ますように手を握った。
平民の人にとって、神薙と直接顔を合わせて対話をすることは大変なことだと聞いた。
なるべく変な気を使わせないようにしたい。しかし、品位は維持して、相手を調子に乗らせないよう気をつけて欲しいと侍女長から言われていた。
言葉を選びながら、ゆっくりと話した。
「ただ、わたし達は普通の先駆者とは少し事情が異なります」
わたしがそう言うと、彼女は目をまん丸にした。
「素案がわたしの頭の中にあります。その一つ一つが別の世界に実在しているものですので、完全なゼロからは始められません」
マダムは「た、確かに」と震える手で口元を押さえた。
「まだ詳細な計画はできていませんが、おそらく、大きく三つの工程に分かれます。再現、機能デザイン、そして商品のデザイン」
「再現と機能デザインとはどういったものでしょうか?」
「まずはわたしの母国にあったものを再現する工程です。あくまでも参考の品として」
「てっきりそれが商品になるのかと……」
日本とオルランディアでは服飾文化が大きく異なる。
商売をする以上は、まるっきり同じことをやるのではなく、この国の需要にフィットさせたい。
「第二の工程で、機能のデザインをします。ある程度まで仕様を固める工程です。ここで徹底的に機能について議論をすることになり、無地の地味なものでしょうけれども『試作品』を完成させます」
ここまでの工程は、パタンナーの腕と必要なパーツの調達が結果を左右する。
業界歴が長いマダムには、人選や業者選び、それからパタンナーとのコミュニケーションなど、アドバイザー役としても参加してもらいたい。もちろん人件費としての対価は支払う。
「完成した試作品がマダムの画布になります。試作品は見た目の良し悪しが度外視されていますから、最終工程は絵を描く作業になります。モチーフも色も無限です。外から見えない物ですから、何もかもが自由です」
侍女の顔がぱあっと明るくなった。
対照的に、神妙な面持ちのマダムは、ごくりとツバを飲んだ。
わたしは長時間労働を良しとしないので、計画は余裕をもって立てることを伝えた。ワークライフバランスは重要だ。
「わたしが暮らしていた場所では、保守的な服の下に挑発的な下着を着けることも珍しくありません。オルランディアに最初からそれを期待するのは気が早いと思うのですが、種まきはしたいと思っています」
マダムは再び身体を震わせ、「神薙様の国はわたくしの理想郷かも知れません」と言った。
「残念ながらマダムをわたしの母国へお連れすることが叶わないので、もし良ければ一緒にオルランディアの文化に新しい一頁を作りませんか?」
「わ、わたくし、なんだか年甲斐もなくワクワクしてしまって……」
「先にお店の名前をお伝えしておきますね。もっとワクワクするかも知れません」
いずれ出すおぱんつショップの店名は早々に決まっていた。
「『淑女の秘密』です。これが秘密ではなくなる瞬間が開店のときです」
打ち合わせが終わる頃、マダムは「この仕事に残りの人生をかけたい」と涙を流していた。
わたし達は彼女とチームを組み、早々に動き始めた。
ほどなくして、おぱんつプロジェクトに新たなメンバーが加わった。
ヴィルさんが連れてきた女性執事、ミストさんだ。
紫がかったピンク色の瞳に、きらきらブロンドのボブカットで、毛先がピンク色だ。
背が高くすらりとしていて黒のパンツスーツが良く似合う。
彼女は屋敷に付くのではなく、わたし個人に付く執事らしい。侍女に近いけれど、侍女とは役割が違う。
算術に強く、護衛の心得もあるというから心強い。
ヴィルさんは「侍女とは違う分野で手伝いができる」と言った。まさに痒いところに手が届く人事だった。
実は、貴族令嬢は計算が苦手だ。
元数学教師のマダム赤たまねぎ先生いわく、男子の半分くらいしか数学の授業がなく、代わりにマナーや社交などの授業を受けているそうだ。貴族令嬢の人生は、数学よりも社交のほうが重要なので致し方ない。
商売と数字は切っても切れない間柄だ。数字に強い仲間の加入は大きい。
これから関わる人も増えていくだろうし、護衛もしてもらえるなんて素敵すぎる。
早速おぱんつプロジェクトについて説明をしたところ、マダムとわたしが描いたデザインの素案に食いついてくれた。
彼女は動きやすさを追求したタイプに好反応を示した。
宮殿で働く女子にモニターをお願いしようと思っていることを話すと、彼女は「楽しみが一つ増えました」と微笑んだ。
マダム母娘に加えてミストさんという心強い仲間が増え、男子禁制の会議はますます盛り上がるのだった。
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