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怪しい粉

 「なにやら怪しげな粉を、調理班の荷物に仕込んでいたようだが?」とヴィルさんが言った。


 うっ、バレている……。


「匂いの強いお肉しか手に入らないかも知れないと聞いたので」

「んむ」

「料理長と一緒にお肉の臭みに負けない香辛料を作って、それを持ってきました」


 事前に聞いた話では、この時期の川の釣果は期待できないとのことだった。

 狩った野生動物がメイン食材になると、食べつけていない強い歯ごたえや臭みとの戦いになる。

 わたしが食べられないせいで皆に気を使わせたくないし、なによりも命を頂くのに「クサイから嫌だ」とは口が裂けても言いたくない。出されたものは有り難く美味しく頂くのがわたしのモットーだ。


 手ごわい臭みを美味しい香りでやっつければいい。

 わたしは料理長のところへ駆け込み、BBQスパイスを作ることにした。

 自宅ではカレー用スパイスとチリパウダーを自分で混ぜて作っていたので、それらのレシピを覚えている範囲で料理長にお伝えし、それを二人でアレンジした。

 マトンを使って試したので、結構いい線いっていると思う。

 事前に調理班の班長さんとアレンさんに試食してもらい、大変美味だとお墨付きを頂戴していた。

 これさえあれば、どんなお肉が出てきても食べられるはず。

 本日のわたしの任務は『出されたものをきちんと食べること』だ。


 ヴィルさんはニッコリして「そうか」と言い、またわたしを抱っこして皆から離れた場所へ連れていった。

 そして、移動した先でもお膝に乗せられた。


「あの……わたし、お手伝いをしようと思ったのですが」

「またアレンに叱られるぞ?」

「皆さん忙しそうなので、見ているだけでは申し訳なく……」

「手伝いは後にしよう。話がしたい」

「はい」


 ヴィルさんは真面目な顔で「この間はすまなかった」と言った。

 どうやら、彼の寝室で気絶事件を起こしたのを気にしているようだ。

 わたしは首を横に振った。

 改めてあの日のことを話すのは少し恥ずかしかった。


「辛い思いをさせなかったか? 途中から朦朧としていて……」

「痕もすぐ消えましたし大丈夫です」

「痕? 何の痕だ?」

「ええ……と、その……」


 何の? と言われると、答えに困ってしまい、顔が熱くなった。

 ちょうど服がはだけていた辺りに、キスマークが盛りだくさんだったのだ。

 着替えるとき、乙女な侍女衆がキャーキャーして大変だった。


「ごっ、ごめん……。徹夜明けは近寄らないほうがいいな」

「ずっと気になっていたのですけれど、十三条のせいで陛下とケンカなどしていないですよね?」

「ああ、大丈夫。リアをコッソリ食事に呼びたいとうるさいのだが、どうする?」

「是非。わたしも陛下にお会いしたいです」

「分かった。……リア、口づけをしてもいいか?」


 返事を待たずにブチューっとされることが多かったけれど、今日はちゃんと待ってくれるようだ。

 こくんと頷くと、ややフライング気味に優しく唇を塞がれた。

 

「リア、可愛い……。何もかもが可愛い……」


 結局、そぼ降るフェロモンの下で過ごすことになった。

 野外なのでそこそこ寒いはずなのに、ヴィルさんに包まれているせいか暑いくらいだった。


 狩猟班が獲物を携えて戻ってくると、野性味溢れるバーベキューが始まった。

 予想どおり超ワイルドだ。

 さばいている様子はとてもとても怖くて見られず、ヴィルさんの胸に収まってぷるぷるしていた。


 BBQスパイスが活躍するのはお肉が焼き上がる寸前だ。

 調理班がそれを全体に振りかけると、辺りに食欲をそそる香りが漂う。

 皆が「なんかいつもと違うぞ」と、嬉しそうにザワザワしていた。


 しかし、ふと思ったのだけれども、敵から逃げているときにこんな良い匂いをさせていたら、自分たちの場所を知らせているようなものだ。

 隠れて逃げるようなときは、腹をくくって野生の臭いにやられよう。切羽詰まっていれば何でも食べられるに違いない。


 「んっ! これはいい」と、真っ先にお肉を食べたヴィルさんは言った。


「これはリア様が異世界から持ち込んだレシピを、今回の野営用に調整してくださった混合香辛料です。開発には『神の舌』と呼ばれる料理長ドニー・デレルも携わっており、厳選された何種類もの香辛料が絶妙な配合で混ぜ合わされ……」


 BBQスパイス作りの現場にいたアレンさんは、すっかり先生モードになって皆に解説している。


 「少しニンニクパウダーが多かったかも」と呟いていると、ヴィルさんが首を傾げた。


「そうか? 野郎どもにはちょうどいいぞ」

「でも、敵に追われているのに、こんなに匂ってしまったら」

「はははっ、そういうときは、皆でミントの葉を噛みながら逃げよう」


 ワイルドなお肉は聞いていたとおり歯ごたえが違う。もきゅもきゅと頑張って噛んだ。


 もぐもぐしながら、ふと自分の手を見た。

 怪我を治す、わたしの謎の手……。


 眉間にシワを寄せていると、アレンさんが「気にしないほうが良いですよ」と言った。スパイスの解説をし尽くして暇になったようだ。


「何の成分が出ているのかな、と思って」

「喜ばれることしかない。誰も傷つきません」

「そういうものですか?」

「私の風は、人を困らせることがあるでしょう?」

「ふふ。でも夏は良いのでは?」

「そう。重宝されるのは暑い日だけですね」

「これは怪我にだけ効くのでしょうか」

「いいえ、疲労にも効果テキメンですよ」


 彼があまりにもはっきりと答えたので、「知っていたのですか?」と尋ねた。

 すると彼は「はい」と頷いた。


「徐々に強くなってきていると思います」

「どうして分かるのですか?」

「あなたの手が触れていることが多いからですよ?」


 彼は自身の右肘をトントンと指で叩いた。


「あっ……」


 言われてみれば、どこへ行くにも彼につかまって歩いている。手から何か出ているのなら、彼が真っ先に気づくはずだった。


「おかげさまで、訓練で怪我をしても翌日には完治します」

「そうだったのですね。お役に立てていたのですねぇ」


 世界が違うと不思議なことが色々ある。

 しかし、幸いにも人に迷惑をかけるものではなかったし、一番お世話になっている人の役に立っていたので「まあいいか」と思うことにした。


「あとで川辺にミントを探しに行きませんか?」

「あっ、行きます」


 食後はアレンさんと自生のミントを摘みに行った。

 こちらではガムのようにそのまま葉っぱを噛む人が多い。特に男性はよくやっている気がする。ニンニクの臭い消しに皆でミントを噛み噛みし、余った分はミントティーにした。


 最後に撤収作業のタイムアタック訓練をやり、来た道を戻って帰宅すると、冬の避難訓練は無事に全行程が終了。


 しばふペーストと訓練のおかげで、気づけば気持ちもスッキリとしていた。

 デイキャンプのような一日は、期待していた以上に良い気分転換になったのだった。


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