訓練
「この訓練に限り、入り口はすぐ負けるようになっている。勝てると思っているのは守っている本人達だけだ」
ヴィルさんは軽く口を曲げた。
入り口付近に配置された団員はちょっとワケアリらしい。
彼らは普段この宮殿の警備には就いておらず、ほとんどの日を訓練所で過ごしている若手だそうだ。
今回の訓練で敷地入り口の警備を任された彼らは、おそらく「ついに自分も神薙の護衛に」と喜び勇んでやって来ていることだろう。
しかし、彼らは瞬く間に負かされる運命だった。悪役軍団が最も元気なときに。
「入団を終着点だと勘違いする人間が毎年必ずいる」と、ヴィルさんは残念そうに言った。
「何年か経験を積んで、後輩ができた途端に豹変する者もいる」
「それ、少し分かる気がします」
「どこにでもいるよな? そういう奴ら」
「はい……」
「新人は入団までの士気が高く、入った途端にそれが落ちる。環境要因もあるから面談では分からないことが多い。後からおかしくなる連中も、最初は真面目にやっている」
「そうそう……わかります」
「いずれにせよ、彼らはもうそのままでは使えない。叩き直すか、力不足を理由にやめさせるか、そのどちらかになる」
ヴィルさんが見ているのは部下の実力だけでなく、仕事に取り組む姿勢だった。
この訓練が終わると、何人かの部下は去っていく。自主的に去ることもあれば、ヴィルさんが別の騎士団へ異動させることもあるそうだ。
「大抵は訓練を機に良い方向へ舵を切り直すが、それができない者もいる。再生できるのは半分くらいだ」
「厳しい世界なのですねぇ……」
第一騎士団は表向きこそキラキラエリート集団だけれども、見えないところでは大変な努力が必要とされる。
しかし、努力する姿は滅多に見せてくれない。まるでそれを美徳としているかのような雰囲気すらあった。
「入り口への配置は除名寸前の証だ。今頃、それを嫌というほど思い知らされている。追い出すのは簡単だが、考えを改める機会は与えてやりたい。ここから先は本人次第だ」
そう言いながら、ヴィルさんは屋敷のドアを開けてくれた。
アレンさんは「またあとで」と言って、持ち場についた。
わたしが屋敷の階段を上り始めた頃には喧騒が近づいていた。
「さすがに早い。今年はマークを悪役の総大将にしたからな。かなり戦略的に攻めてくるぞ」
ヴィルさんは嬉しそうに言った。
ベランダのほうから「来たぞー!」と男性たちの声が上がり、それを追いかけるように女子の黄色い歓声が上がった。
「悪役なのに、意外と人気あるな」
「ふふふ」
ほどなくして、外でバトルが始まった。
訓練用の木剣が交わる音と、大勢の人の声、そしてベランダからの声援が飛び交う。
悪役の人気が高く、アイドルのコンサートのように女子の歓声(悲鳴?)が上がってヴィルさんはご満悦だ。
「リアのおかげで今年は良い訓練になりそうだ」
わたしの持ち場は三階にあるリビングだ。
中に入ると、少しひんやりしていた。
一応、ケープコートを着ていたけれども、暖を取るものがないとコートは脱げそうにない。
いつも暖炉に火を点けてくれる人は、ベランダで観戦中だ。楽しんでいるだろうから、今は水を差したくない。
ぷるっと震えると、ヴィルさんが「寒いか?」と聞いてくれたので、「少しだけ」と答えた。
すると、彼のお膝に乗せられ、第一騎士団の紋が入った外套の中に入れられてクルリと包まれた。
「まだ寒いか?」
「いいえ、なんだか無敵になったみたいです」
「悪役騎士軍団は、もう俺ごと攫うしかないな」
「ふふっ」
彼はわたしのおでこに小さなキスをした。
そして、王都脱出訓練までの詳しい行程などを教えてくれた。
体が温まってから、訓練の様子を見ようとベランダに出た。
すると、こちらを指差している団員がいる。
マークさんだ。
「神薙がいたぞおぉーーッッ!」
「神薙だ! 神薙は三階だぁぁーッ!」
悪役軍団は、総大将を筆頭に迫真の演技をしていた(笑)
精鋭である彼らは、日頃わたしの近くにいることが多い。
「神薙を攫えー!」と叫びながら、バッサバッサと若手の騎士を蹴散らしているのは、どれも馴染みのある顔ぶれだ。
バルコニーから飛び交う黄色い歓声も後押しをしているのだろう。彼らはノリに乗っていた。
思わず吹き出しそうになったものの、せっかくの雰囲気を壊してはいけない。サッとヴィルさんの後ろに隠れ、怖がっているフリをした。
普段、寡黙でちっとも喋らない異色の副団長マークさんが、意外と演技派だということが分かった。
わたしとヴィルさんは予定時刻よりもだいぶ早めに部屋を出た。
残り時間ではアレンさん達のいる屋敷入り口までは辿り着けないと彼が判断したからだった。
もともと防衛側の士気が高く、人数の少ない悪役軍団はぐいぐいと押し戻されている。
彼は、次回の訓練では悪役の人数をもっと増やすつもりのようだ。
「救護班のところへ顔を出していこう。一応、様子を見ておきたい」
「はい」
ほんの少し遠回りをして、救護班のいる大会議室へ寄り道をすると、そこは思っていた以上に人で溢れていた。
「おいおい、本物の怪我人が混じっているぞ」
ヴィルさんは呆れ顔だ。
「でも、なんだか皆さん楽しそう」
「こういう日は武勇伝を話したくて止まらなくなる。興奮状態になるからな」
木剣を使って大きな怪我がないようにしているにも関わらず、白熱しすぎて怪我を負う人が続出したようだ。
本物の負傷者が出たせいで救護班は応急処置の練習どころではなくなり、本気で稼働していた。
団員の一人がこちらに気づき、「リア様! リア様だ!」と、指を差して声を上げた。
隣でヴィルさんが不機嫌そうに、「オレ様もいるのだが?」と言うと、部屋が爆笑に包まれる。
わらわらと団員が群がってきて、口々に訓練の様子を報告し始めた。
「団長、悪役が例年になく本気ですよ。煽り過ぎです」
「そう! もう当たりがキツイったらないですよ」
「自分なんて、外の救護班が手一杯でこちらに回れと言われて」
「隊長同士がムキになって魔法を撃ち合ってるところを見てしまいました」
ヴィルさんは皆の話を聞くと、「ヤバいな。少し煽り過ぎたか」と頭をかいていた。
思った以上に訓練がヒートアップしているようだ。
腕に結構な怪我をしている団員が気になり、そばに行って声を掛けた。
彼は悪役騎士と一騎打ちをし、よろけたところに運悪く木箱が積んであった。そして、そこに突っ込んで負傷したらしい。
「誰とやり合った?」とヴィルさんが尋ねた。
「教官です。日頃のしごきの恨みを晴らそうと思ったのですが、歯が立ちませんでした」
「次で再挑戦だな?」
「はい、鍛え直して半年後、もう一度やります!」
ヴィルさんは嬉しそうに微笑んでいた。いつもの「世界を癒す王族スマイル」ではなく、近所の優しいお兄さんのような笑顔だった。
「救護班の人数が足りない気がしますね。彼の治療はまだでしょうか。痛そうです」
わたしがそう言うと、ヴィルさんは唸った。
「確かに、人数の見積もりが少し甘いな」
彼が救護班の班長さんに人数の見直しを指示をしている間、わたしは包帯などを一式借りにいって怪我をしている団員のところへ戻った。




