帰還
お見合いが始まる前の生活が思い出せない。
お披露目会の準備でバタバタして、その後は何をしていましたっけ??
「リア様は自由です。もともと自由なのですよ?」と、アレンさんが言った。
「どこかに出かけるのも良いのでは? 楽しい場所なら色々ありますよ」
「お出かけですかぁ。いいですねぇ」
「行きたいと言っていた金融街のお洒落なバーに行くのもありですね」
「あ、それは楽しそうですねぇー」
「銀行員風の変装でもして行きましょう。それから水族館もお好きでしょう?」
「あ、行きたいです。水族館は癒しですねぇ」
「王宮美術館に博物館、植物園、動物園、観劇やコンサートも。いくらでもありますよ?」
「全部行きたいですねぇ」
「王宮の対応は『王の甥御さん』にお任せして、ゆっくり楽しいことをしましょう」
「わぁ……」
ヴィルさんは事件当日の夜に出かけたきり、帰ってきていなかった。
「あのぅ、その甥御さんは?」
「逢いたいですか?」
「うっ……」
「彼もひどく心配しています」
「まだお礼もきちんと言えていなくて」
「一段落したら戻ってきます。労ってあげてください。今、彼はクランツ団長と共に書類と舌戦で戦っていますから」
「は、はい」
わたしが彼に「もうお見合いはしたくない」と言ったのはわずか二日前だ。この短い間に彼は神薙クーデターを起こしている。
会いたい。
お礼を言いたい。
でも、それ以上に、なんだか無性に心配だった。ずっとピリピリしていたし、休めているのかな……。
ヴィルさんが戻ってきたのは、その日の昼過ぎだった。
元気が出てきたので散歩に出ようか、はたまた図書室へ行こうか考えていると、下のホールがざわついていた。
英雄の帰りを宮殿の皆が拍手で出迎えていたのだ。
アレンさんが戻ってきたときも拍手と歓声が上がったらしい。
吹き抜けになっているところまで行って下を見ると、ヴィルさんのダークブロンドが見えた。
「ヴィルさん、お帰りなさい」
「リア! 元気になったのか?」
「はい、もう大丈夫です」
ヴィルさんが階段を走って上がってきたので、わたしもそちらへ向った。
やはり有形文化財は移動速度が速い。脚が長すぎるのだ。
あっという間にわたしのいるフロアに上がってきて、両手を広げて迎えにきてくれた。
いつもの場所にポフッと収まると、ぎゅうーっとされた。
んー、大胸筋……きもちいい……。
決して筋肉フェチではないのだけれども、彼の胸は気持ちが良くて好きだった。
「良かった。気が気じゃなかった」
「色々とありがとうございます」
「毒のような薬を飲まされていると聞いた」
「ハハハ、頑張って飲んでいますともっ」
「昨日、あまり食欲がないとも聞いた」
「今日はもりもり食べています」
彼が「どれ?」と、わたしの顔を覗き込んだ。
「本当だ。口の端にトマトソースが付いている」
「うそぉっ?!」
慌てて口を押さえた。
彼は「嘘だよ」と笑いながら、わたしの手をそっとどけて頬に触れた。
心臓がバクンバクンとうるさくなる。
上からドザァーッと色気が落ちてきたかと思ったら、一緒に甘いキスが降ってきた。
ヴィルさん、相変わらずわたしを滝つぼか何かと間違えていますね。ちっとも加減のできないあなたが大好きです。
遊ばれているのかもしれませんが、この大胸筋に触れていないと生きていけないかもです。
唇が離れると、またギューっと抱き締められた。
「少し一緒に居てくれないか」
彼が耳元で囁いたので、ホワ~っとしたまま頷く。
しかし、次の瞬間、我に返った。
「あ……」
「どうした?」
ここ、吹き抜けなのですよ。
だからね? 下から丸見えなのです。
そっと斜め下を見ると、皆がこちらを見上げていた。
それに、後ろにはアレンさんがいるはず……。
最悪です。
やらかしています。
空前絶後のオバカだ。こんな吹き抜けオンザステージでチューをぶちかましている(しかも、すごいやつを)
う、うわぁぁぁんっ。
恥ずかしいです。顔が燃えます。
いっそ燃え尽きて炭になりたいっ。
「み、み、皆さんの前でした……っ」
「そんな顔をされると、もっとしたくなる」
「こっ……」
「ふむ。『こ』こでは駄目、ということは俺の部屋ならば良いのだな?」
何も言っていないのに概ね合っているから悔しい。
スチャッと抱きかかえられ、あっという間に彼の部屋まで運ばれてしまった。
あ~~~れ~~~~!