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アレン先生

 アレンさんはお茶を飲んで一拍置き、「私は王命で神薙警護の任務に就いています」と話し始めた。


「神薙の安全を(おびや)かすものが生き物ならば戦います。マングースでもウミウシでも。何でも来いです」

「うっ……これ一生言われそうな予感」

「ふふふ。今回の件は私があなたのそばにいたならば絶対に起こり得ない事件です。しかし、事件の直前、私はあなたのそばにいられませんでした。そこには三つの大きな障害がありました」


 一つ目は、神薙法の不備。

 二つ目は、それに基づいたお見合いの進め方。

 そして三つ目は、関わっている文官の能力、と彼は言った。


「特に重要視しているのは『神薙法』という環境要因です。内容が明後日の方向を向いています。見合いの定義など、頭おかしいのかと言いたくなるような条文です」

「そ、そうなのですねぇ」


 彼はメガネの位置を直しながら、「法がおかしいというのは非常に厄介な問題です」と言った。


 何か判断に困った人が原点に立ち戻って考えようとしたとき、神薙法を読んでしまうと判断をことごとく誤ることになる、と彼は言う。


 お見合いの目的や時間、それから進め方などが神薙法の中で定義されているそうだ。

 フリートーク形式にしたいとか、護衛を中に入れたいとか、わたし達のあらゆる要望が「決まりなので」と跳ね返されたのはそのせいだった。

 また、王宮でやっているはずの身辺調査も、同じ理由で機能しなくなっていたらしい。


 第一騎士団は再三に渡り、神薙法の改善案や改善要望を出してきたそうだ。

 ヴィルさんが何度も催促のために王宮へ出向いたものの、思うように処理されなかったとか。


「仮に法がおかしくても、現場にいる者が柔軟に判断すれば良かったのです。現に我々もそうしています。王宮にもそれができる有能な者が当初いました。しかし、別件で王に引き抜かれ、途中で変わってしまったのです」


 陛下も大きな会議の前で大変だったらしく、わたしのお見合いを任せていた優秀な人材を引っ張らざるを得なかったようだ。


「この国の法は、王が自分でひとつひとつ裁かなくても良いように定めたものです。法に関しての責任は王にあります」

「はい」

「そして、文官を雇っているのも王です。彼らの能力不足もまた、王の責任です」

「……アレンさん達からしてみれば、『神薙を守れと言っておきながら、それ以外がメチャクチャなのはどういうことだ』となりますよね?」

「そう。まさにそれです」


 王が作った法と、王に雇われている人々が、王命を背負っている騎士の仕事を邪魔している、と彼は言った。


「あれこれ手を尽くしている間に事件が起きてしまいました。もう『やんわり諫める』などと言っている場合ではありません。そこで団長は迷わず手続きに踏み切りました」


 アレンさんはそこで一度話を止め、わたし達に少し考える時間をくれた。

 全員が話を反芻して頷いたのを確認すると、また話を進めた。


 第一騎士団は神薙警護の任務を最優先とするため、環境が改善されるまではあらゆる法を無視することも辞さないと宣言した。


「これは王を諫めるのと同時に、騎士が王に対してできる最大の反発と抗議でもあります」

「そ、そんな大変なことになってしまって……」

「そして、これは王都騎士団の総意でもあります」


 十三条は一つの騎士団が手続きしただけでは効力を発揮しない。別の騎士団長が客観的視点で書類を読み、それが騎士の行動規範と心得に則っていることを確認して支持を表明する。その時点でようやく発効するそうだ。

 今回、くまんつ様が支持したため、即日発効した。

 さらに翌日、騎士団長会議で全騎士団が支持を表明したそうだ。

 今、イケオジ陛下は、近衛以外のすべての騎士から、こと神薙に関して不信任を突き付けられた形になっている。


 これまで陛下の保護下にあったわたしは、一時的に第一騎士団長の保護下に移った。

 対応が終わるまでの間、王と王宮はわたしに一切関与ができなくなる。

 ヴィルさんが「少し時間をくれ」と言ったのは、王宮からわたしを引き剥がす最終兵器「十三条」の手続きをする時間をくれ、という意味だったのだろう。

 お見合いの予定もすべて白紙になったらしい。

 まるで、神薙に限定したクーデターのようだった。



 「あのぅ、第三騎士団が駐禁の取り締まりをしていたという話は?」と、わたしは尋ねた。


 アレンさんは少し困った顔でウーンと唸った。


「本当は、神薙のことを外部に喋るのはいけないことなのですが……」

「あー……。でも、くまんつ様とヴィルさんは幼馴染ですから」

「表向きそう言っていますが、実は彼らは乳兄弟なのです。幼馴染には違いないのですが、もう少し深い絆があります」

「そうだったのですねぇ」

「神薙法や十三条のことについては、随分前から二人で話をしていたようです。そして、クランツ団長が密かに手続きの準備を進めていました。そうでなければ今頃私が書類作りをしていたと思います」


 「またお礼をしなくてはですねぇ」と言うと、アレンさんは眉尻を下げた。


「調子が良くなってからにしましょうね?」

「ハイ、あのお薬から解放されてからですね」

「それが良いでしょう」


 ヴィルさんとくまんつ様は事件の予兆のような情報に触れていたものの、いつどこで誰が何をしてくるかまでは分かっていなかったそうだ。

 くまんつ様は護衛と離れなければ何とかなると考え、護衛を撒いた前科のあるわたしに「絶対に離れるな」と忠告をしてくれた。

 ヴィルさんもまたお見合いの現場が狙われるのではないかと考え、護衛をお見合いの部屋に入れさせろと交渉してくれていた。


 まあ、なんというか……

 つくづく、日本は安全で良かったなぁ(汗)と思う。


「わたしから強く改善をお願いしていたら、また状況が違っていたのかも知れませんねぇ」


 そう言うと、アレンさんの眉がさらに下がった。


「またリア様は、そういうことを言って私の庇護欲を煽る」

「今思うと、わたしらしくなかった気がして。もっとこう、ガッと言い返すとか、何かすれば良かったです。今さらですけれども、どうして黙って我慢してしまったのかな? と思ったりして」

「リア様は私に守られていればいいのですよ。これは、そばにいられなかった私が悔やむことであって、あなたは何も悪くありません」

「でも、アレンさんに何かあったら困るので……」

「私が勝てないのは、あなたとクランツ団長のひどい絵だけです」


「俺のリス?」

「あれは思い出しただけで死にそうになります」


 周りの皆も画伯の絵を思い出したのか、一斉に吹き出した。


「あ……そういえば」

「はい?」

「アレンさん、お見合いがなくなったということは、わたしは何をしたら良いのでしょう?」


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