十三条
新聞を読んでいて驚いたことは、お見合いを仕切っていた元気ハツラツ君が犯人グループの一人として名を連ねていたことだった。
変わった人だとは思っていたけれども、さすがに犯罪に手を貸すような人には見えなかった。
しかし、彼は賭博依存症だったらしく、そこをペロリストさんに利用されていた。お金欲しさにアッサリと道を踏み外してしまったようだ。
あんなに元気でハツラツとした人でもそうなるのかと思うと依存症の世界は恐ろしい。
ペロリストさんがお見合い現場に刃物を持ち込めたのは、彼が仲間だったからだ。
普通の人質事件であっても罪が重いのに、彼らは神薙を人質にしたことで一層罪が重くなった。
さらには「王都を手に入れる」などと発言したため、謀反の罪にも問われる。お家の取り潰しはもちろんのこと、相当な重い刑になるだろうとアレンさんは言った。
「おばかさんですねぇ」と、わたしは首を振った。
「実にそのとおりです」
後ろから声がすると、肩にふわりとストールが掛けられた。
「あっ、ありがとうございます」
「病み上がりの自覚が足りませんよ?」
「二日分あると読むのも大変ですねぇ」
「このまま私に温められるのと、暖かい席へその新聞を持っていくのでは、どちらがよろしいですか?」
新聞置き場にかじりつくようにして過ごしていることに気がついた。
「まるで小さな子どものようです」と、アレンさんはクスクス笑いながら言う。
「新聞に書いてあるのは全体のほんの一部分です。気になることがあれば、私がご説明しましょう」
「ありがとうございます」
いつもの暖かい席へ読み終えていない新聞を運んでもらうと、メイドさんがお茶を淹れ直してくれた。
「アレンさん、お隣に来て頂けると質問しやすいのですが、もし嫌でなければ……」
「分かりました。あまり根を詰めないで下さいね?」
「はい」
メイドさんに彼の分もお茶を淹れて頂くようお願いした。
そして、わたしはまた黙々と新聞を読み始めた。
アレンさんには本当に危険なところを助けて頂いた。
事件の日、ヴィルさんが気を引いている間に、彼は上からスルスルとロープ一本で降りてきたらしい。そして窓から侵入し、あっという間に悪者を制圧してしまった。
まるで異世界版ミッションインポッシブルだ。わたしは知らず知らずのうちにアクション映画のワンシーンのように助け出されていた。
彼の家に大きな褒賞が出ることと、その功績を讃えるコメントが新聞に書かれている。
新聞各紙が大きく報じていたのは犯人のことだけではなかった。
『第一騎士団 十三条の騎士権行使を表明』
『第三騎士団が十三条の支持を表明』
『全騎士団が十三条を支持』
昨日の新聞は、どこもかしこも「十三条」というものを特大ニュースとして扱っていた。
これは、一体ナニモノなのでしょうねぇ……?
「アレンさん、十三条って何のことですか?」
「厳密に言うと王都の騎士法のことです。騎士法十三条には、騎士団と団員が持つ権利を定める条文が書いてあります」
彼はゆっくりと落ち着いた口調で言った。
「その中でも特徴的なのは、王都の騎士が『諫言』の権利を持っていることです。これは、王を諫めても良いという権利であり、ほかの領地ではあまり見かけない特殊なものです」
「あ……っ」
すぐにピーンときた。
「以前、くまんつ様が陛下にガツンと言ってくださったことがありました」
「知らない人が見ると驚きますよね。しかし、我々が厳しい行動規範や心得を叩き込まれているのは、そのためであるとも言えます」
騎士団は国王が愚王にならないための監査機関を兼ねているらしい。
諫めると言っても、通常はやんわりと苦言を呈する『風諭』を行う。
しかし、場合によっては容赦なくガツンと言っても良いことになっているそうだ。それを『直諌』と言うらしい。
騎士が叩き込まれている理念に則って苦言を呈しているかぎりは、不敬にならないのだと彼は言った。
「通常、王のそばには近衛騎士団がいますから、主に諫言をするのは彼らになるでしょう」
近衛は王都騎士団から選抜された人々だ。
護衛の実務経験が豊富なほんのひと握りのエリートにしか進めない二次職だと聞いた。
陛下と会う際にお会いすることが多いのだけれども、黒の制服に身を包み、いかにもベテランという雰囲気を醸し出したカッコイイ騎士様ばかり。
幹部は四十代が中心だというから年齢的にも意見をするのに適しているかも知れない。
個人が諫めても聞かない場合や、事態が深刻な場合、直諌を「騎士団」の単位で行うことが認められている。
アレンさんいわく「『改善されるまで言うことは聞きません』と強い態度で出ることになるので効果は抜群だが、手続きには膨大な事務作業が伴う」とのことだ。
王に対して求めることと、それに対して現状がどうなっているか、そこから「改善された」と判断するときの条件、そして期限など、読むだけで何もかもが分かるような書類を作らなくてはならない。
なんとも会社員時代を彷彿とさせる話だ。
試算をしろ、資料を揃えろ、要求するならエビデンスを出せと言われ、締め切りに追われていた日々の記憶が甦る。
「この『騎士団単位で行う直諌』のことを、世の中では思い切り略して『十三条』と呼んでいるわけですね」
「なるほどぉー」
同じ部屋にいた侍女とメイドさん、それから執事長と助手の男性が拍手をしていた。
即席の騎士法講習会だ。
イケ仏先生の話は分かりやすいので助かる。
「今回、団長がその手続きに踏み切った理由をご説明しましょう」
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