人質
わたしからの通報を受けた瞬間、ヴィルさんがドアを開けようとしたようだ。部屋の入り口からタガタと音がした。
ところが、音がするばかりで一向にドアが開かない。
このタイミングでドアの故障だなんて、この世界は本当にイジワルだ。
もう中から開けてしまおう。
そう思い、立ち上がってドアへ駆け寄ろうとした瞬間、なんとペロペロさんに捕まってしまった。
驚いて悲鳴を上げた。
ペロペロさんは、「気にせず楽しみましょう」と言った。
いえいえ、お構いなく。
気にしますし、ちっとも楽しくないですし。
神薙に対して悪さをする行為は、国家に対して悪さをするのと同じであって大罪だ。
彼はただのお見合い相手から、テロリストに進化していた。
わたしは心の中で彼を「ペロリストさん」に改名した。
終始不謹慎で無駄な話ばかりしていたペロリストさんだったけれども、このとき初めて有益な情報をもたらしてくれた。
「そもそも神薙の見合いは、そちらの相性を確認するためにあるのですよ」と、彼は言った。
……ほむ。
あー、なるほど。
『生命の宝珠』を作るのがお仕事だから、物理的にそれに適した相手を選ぶためのお見合いですか。
ははあ、だから色々とおかしかったのですねぇ?
男性側からの一方的なプレゼン。
早々に二人きりにされる。
時間の短縮ができず、延長しかできない。
おかげで腑に落ちた。
わたしは「それ以外の相性」を重視していたので、根本的にお見合いの目的が違うのだ。
周りの皆はそれに気づいていたのかも知れない。ヴィルさんがピリピリしていたり、くまんつ様が離れるなと言ったり、防犯グッズを渡されているのも、こういうことを警戒していたからなのだろう。
「ヴィルさんっ!」
ドアの向こうまで聞こえるか自信はなかったけれど、力いっぱい叫んだ。
「扉から離れていろ!」
わたしの声の三十倍くらい大きな声が扉の向こうから聞こえた。
「大丈夫、離れています」と、彼に伝えたかったけれども、ペロリストさんに抵抗するので手一杯になっていた。
一拍置いて、豪華な装飾が施されたドアがバゴーン! と音を立てて壊れた。
はあああっ、こっぱみじんです……
お、お高そうなドアがっ、豪華なドアがっ、金ぴかのドアノブが~っ……
王宮の設備を派手に壊し、さぞかし大勢なだれ込んでくるのだろうと思いきや、ヴィルさんが一人でゆっくり入ってきた。
「ヴィルさんっ」
「リア、もう大丈夫だ。落ち着け」
「きゃ……、……っ!」
残念ながら、そう落ち着いてもいられなかった。
ペロリストさんは短い刃物を持っていて、わたしを拘束し、それをこちらに突きつけていた。
きゃーっ、きゃーっ、きゃーっ!
殺されます!!
陛下のうそつき。
旦那様を見つけなくても、殺されるじゃないですかぁー(泣)
そもそもお見合いの前に武器や危険物のチェックを受けているはずなのに、どうやって持ち込んだのだろう。
これは神薙様人質事件だ。
この世界に拉致されて以来、最大のピンチ。
まさかお見合いがこんなに危険なものだとは思わなかった。
下手に動くと怪我をしてしまいそうなので、じっとしているしかない。
「よせ、神薙に乱暴はしないでもらいたい」と、ヴィルさんが言った。
「神薙を傷つけたくなければ、そこをどけ」と、ペロリストさんが言う。
わたしをどこかに連れて行くつもりのようだ。勘弁してほしい。絶対にイヤ(泣)
ヴィルさんが一人で入ってきたのは彼を下手に刺激しないためなのだろう。
彼の腰を見ると、いつも身に着けているピカピカの剣がなく、丸腰だった。
彼はネゴシエーター、交渉人だ。
「自分が何をしているか、分かっているのか?」
ヴィルさんは、ゆっくりとした口調で言った。
落ち着いた様子のヴィルさんとは正反対に、後ろのペロリストさんは息が荒く、「調子に乗るなよ、ランドルフ!」と声を荒げた。
子爵が公爵嫡男を呼び捨てとはお行儀が悪い。
しかし、ヴィルさんの様子は変わらずだ。穏やかな王族の微笑みを浮かべている。
「俺が調子に乗っているように見えるのか?」
「王甥だか何だか知らないが、俺に跪け!」
「自ら望んで王の甥になったわけではないのだが……。もし神薙を解放してくれたら、別に跪いても構わないよ」
「解放はしない。神薙さえ手に入れば、思いのままだからな!」
「ふむ、何を思い通りにしたいのだ? 一先ず要求くらいは述べておいたほうがいいのではないかな。運が良ければ、あっさりと叶うかもしれないだろう?」
「神薙と引き換えに王都を頂く!」
「ほう、君はなかなかに勇気がある人だ」と、ヴィルさんは感心した様子で言った。
「ここだけの話だが、俺なら金をもらっても王都だけは欲しくないと思っている。なぜだか分かるかい?」
「言ってみろ」
「こんなに管理が大変な領地はほかにはないというくらい面倒なのだ。それに、あの叔父上と比べられるのも嫌ではないか? 俺は嫌だな。手に入れたとして、果たして儲かるのかも不安だしな」
「別に金で売ったっていい。神薙なら高く売れる」
「誰に売るのだ?」
「王のほうが金を持っているだろうが、お前でもいいぞ!」
「確かにな。いいよ、俺は全財産をやろう。叔父上も上限なく出すのではないかな? そうなると、結果的に君が王になるかも知れないな」
「王になったら無一文のお前を雇ってやるぞ!」
「それは、どうもありがとう。これでも結構、労働は好きなほうでね。中でも畑仕事と釣りは得意だ。魚に興味がないから、自分が何を釣っているのかは分かっていないのだがな」
「ようやく夢が叶う!」
「あーなるほど。君は長男ではないから、継ぐ土地がないのか。ずっと領主になりたかったのだな?」
「ああ、これで俺の国が手に入る!」
「ちなみに、領地経営の経験はあるのかい? 王都管理を少しばかり知っている者として助言をさせてもらうと、王都を管理するには結構な数の仲間が必要になる。君は一人も友達がいないようだが、大丈夫かな?」
ペロリストさんが「なんだと?」と言いかけたのを遮るように、ヴィルさんは言った。
「実はつい先ほど、外で拘束具を積んだ怪しい荷馬車が捕まった。もう全員が牢に入った頃合いなのだが、彼らは君の友達で、君を待っていたと話しているらしい」
「な……」
「今日は第三騎士団が駐車違反の取り締まりをしているのだ。事件を起こすには少し日が悪いように思えるのだが……」
ん? ん?
どういうことでしょう?
第三騎士団は重要施設の警備がメインで、駐禁の取り締まりなんてしないはずなのに……??
「女を取られたくなくて嘘を言っているだけだろう! 安心しろ。お前らに売る前に、うんと可愛がってやる」
ヴィルさんは穏やかに微笑んでいた。
そのせいか、わたしもこの状況のわりには、まあまあ落ち着いていたと思う。
彼があまりにもゆっくりとした口調なので、交渉というよりは時間稼ぎをしているのだろうと思っていた。
ついでに言うと、いつもそのぐらいのスピードで話してくださるとラクなのになぁ、なんてことも考えていた。
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