穢れ §2
わたしはレアなトレーディングカードのようなものだった。希少だという理由だけで特別なものとして扱われている。
だからどこに行くにも紺色の制服に白手袋の騎士が護衛としてついてくる。
第一騎士団は神薙のための組織で、団長をトップに副団長が三名いる。その下には隊長、副隊長、班長……と続く。団長は現場には出ずに一日中デスクワークをしているというから、相当大きな組織なのだろう。
「神薙の一番近い場所には、団長もしくは副団長がついていなくてはならない」という決まりがあるそうだ。団長はどこかのオフィスにいるので、副団長がその役割を担っている。
最も長時間わたしに張りついているのが、アレン・オーディンス副団長だ。
彼は一見すると「背の高い真面目メガネさん」という感じの人だった。
びしっとなでつけた明るいブラウンの髪に、四角い銀ブチのメガネ。低めに見積もっても百八十五センチはありそうな長身だ。背すじがピンと伸びていて、動きがキビキビとしている。
彼も「戦う男」の体型だった。首が太くて胸板が厚く、肩が大きい。ただ、第三騎士団の人たちと比べると、小顔なせいか細マッチョに見える。
困ったことに彼は表情をほとんど変えない人だった。
居酒屋の入り口にいる受付ロボットと「人間っぽさ勝負」をしたら、ロボットのほうに軍配があがりそうだ。無機物に感情表現の豊かさで敗北しかけている。
わたしには彼が石像に見えていた。
これは比喩ではない。初対面の時、彼が「岩」に見えた。メガネをかけた長細い岩が人語を話していたのだ。その後、彼は動く石像に進化している。
わたしの目がおかしくなったのだろうか。
オーディンス副団長は生活の邪魔をしない絶妙な間合いを心得ていた。しかし、どこにいても何をしていても、ジーーーッとこちらを見ているので気になって仕方がない。
まるで貸し切り状態の夏休みのプールだ。客が一人しかいないから、監視員がずっとこちらを見ている。今にも笛を吹いて「はい、そこ、飛び込み禁止ですよ」と怒られそう。
わたし、彼が苦手かも知れない。正体がわからなくて怖いのだ。
くまんつ様のモシャモシャが懐かしく感じた。あの方は温かみがあって癒しだった。またいつかお会いしたい。
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自分の家なのに疲れる――
ソファーでクッタリしていると、機敏な石像が声をかけてきた。
「神薙様、少しよろしいでしょうか」
わたしはチラリと壁の時計を見て「もうそんな時間か」と思った。
「料理人から確認がきております」と彼は言う。
「ハイ……」カクンとうなだれた。
この宮殿には、わたしの食事と従業員のまかない料理を作る料理人が六名いる。
彼らが作る神薙様用の特別メニューは盛りだくさんだった。どうやら決まりがあってメニュー数を減らすことができないらしいのだ。
食べきれるところまで一品ごとの量を減らしてもらったところ、美味しいものを少しずつお上品に頂く懐石料理のようになってしまった。相当な手間暇をかけて作ってくださっているはずだ。しかし、わたしの好き嫌いに対して必要以上にナーバスになっている。
オーディンス副団長は懐に手をさし入れ、料理長からの確認事項がずらりと書かれたメモを取り出した。
「まずは本日の夕食です。ポルト・デリング産オルランディア・マダラのフライのルアラン風ソース――」
始まった……。
彼は本日のディナーから翌日の朝食とランチ、三時のおやつまでのメニューをすべて読み上げていく。品数が多い上に、一品ずつの名前が途方もなく長い。
この世界に来たばかりで地名を知らないわたしに、産地を言われても良し悪しは判断できない。なのに「ドコドコ産ナンタラカンタラのナンチャラ風ムニャムニャ。ホニャララハニャラを添えて」と、これが延々続くのだ。
彼はすべて読み上げると、最後に「嫌いなものはございませんでしょうか」と聞いてくる。
内心「わかるかぁぁぁ!」と突っ込むところまでが一連の作業だった。
この謎の儀式は、ここに引っ越してきた日に始まり、毎日同じくらいの時間に行われている。
入信した記憶もないのに胡散くさい宗教集会に連れてこられた人の気分だった。彼は「タベラレマスカ教」の教祖様で、この説法に命を懸けているのだ。
前日までのわたしは、彼の勢いに負けて「あ、問題ないです……」と気弱な返事をしていた。しかし、さすがにこれを毎日やり続けるのは、お互いに時間の無駄というもの。勇気を出して言おう。
「それから三時のお茶ですが、クリームとチョコレートのケーキでしたらどちらが――」
「あ、あのぅ……」
「はい。どうかされましたか」
「わたし、嫌いなものはありません。なんでも美味しく頂けます」
「えっ!?」
なぜそこで驚くのだろう。
もしかして、先代が好き嫌いの激しい人だったとか? それなら、もう一押ししておいたほうがいいかも知れない。
「この世界にしかない食べ物があるなら、苦手なものが見つかるかも知れませんけれど、そのときはお伝えします」
食べ物のストライクゾーンは人並み外れて広い。
嫌いなものが現れても克服するために何度もトライする変な習性があるので、いずれは美味しく食べられるようになる。
パクチーオンリーのサラダだろうが、臭豆腐にベジマイト、なんでも来いなのだ。
「厨房の皆さんに『今後は確認をいただかなくて大丈夫です。お気遣いありがとうございます』とお伝えください」
「か、かしこまりました……」彼は驚いた表情のまま言った。
一部の人たちが腫れ物に触るようにわたしと接しているのは気のせいではないと思う。
周りの態度から先代のプロフィールが透けて見えるたび「わたしとはキャラがちょっと違う」と思わずにはいられなかった。
先代は拉致されたことに疑問を抱かず、魔導師団とも仲良くしていた。オニクとお酒とお宝が好きで、おそらくは好き嫌いも多く、触ると爆発する仕組みになっている(?)人だ。
自己アピールはあまり得意ではないけれど、腫れ物から脱するには少なくとも「違うところアピール」はしたほうがよさそうだ。
わたしは自炊系女子なので、出てきたものを食べるだけの日々は少しストレスになっていた。
その日の気分で自分の食べたいものを作って暮らすほうが楽しいので、できれば早々に自炊生活へシフトしたい。違うところアピールにもなりそうだし一石二鳥だ。
「先日もご相談したのですが」と、わたしはにこやかに切り出した。
「料理人には従業員のまかないだけをお願いしていただけませんか? わたしはキッチンをお借りできれば自分で作れますので」
オーディンス副団長は口元をヒクリと引きつらせてこう言った。
「神薙が厨房で料理など、有り得ません。穢れます」
――はあぁぁん(泣) 何? 穢れるって何!?