穢れ §1
陛下のサロンで倒れた後、わたしは王宮の離れに運ばれて死んだように眠っていたらしい。
翌日「住まいの話」と言われ、陛下と宰相の前に座らされた。
「このまま王宮で一緒に暮らせばよい」
偉いオジサン二人が真顔でグイグイ迫ってくる。
遠回しに「嫌ですオーラ」を出したけれど、まるで通じず。ハッキリ意思表示をしないと押し切られてしまう。
「古くていいので清潔なお部屋に住みたいです。ただし、王宮以外で」
そう告げると、宰相はニッコリ微笑んだ。「ご要望にピッタリの物件がありますよ」
二日後、わたしの目の前に現れたのは想定外のものだった。
大きい。とにかく大きい。見上げた瞬間「ヤバい」の三文字しか出てこなかった。
「こちらが神薙様のお住まいになります。少し狭いかも知れませんが」と、新しい護衛の人は言う。
宰相は何を見て「ピッタリ」だと思ったのか。
数日前まで住んでいた一人暮らし用のマンションと比べたら、公園の砂場で作った山と富士山くらい違う。
周りの人たちはこの建物を「エムブラ宮殿」と呼んでいた。かつて王族が住んでいた小宮殿――らしい。
屋敷は真っ白な外壁にオレンジの瓦屋根。まるで絵本に出てくるお屋敷のようだった。
視界の端には監視塔が二つ。どちらもやたら高い。
敷地も広い。庭園に畑、果樹園、池、さらにはちょっとした森まで。
厩舎には馬がたくさんいた。ここでの生活には欠かせない存在だ。馬車の積載量が増えた場合は、つなげるお馬さんを増やすのだ。
放牧場では生けるエンジンが仲良く走り回っていた。群れで暮らすのが好きらしい。
馬房にはちゃっかり者の野良ネコさんカップル。池には渡り鳥、庭には野ウサギとリス、小鳥は噴水の上でコンサート中。わたしはメルヘンの世界にでも迷い込んだのだろうか。
「慣れないことが多くて大変でしょう。生活を支援する人をつけます」と、宰相は言っていた。
てっきり侍女と騎士のことかと思っていたけれど、実際には執事にメイド、庭師、料理人、その他もろもろの大所帯だった。
七畳一間の一人暮らしを希望している人に、従業員付きの宮殿だ。この国はどうかしている。
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毎朝、侍女三人組に手伝ってもらいながらドレスを着る生活が始まった。
彼女たちは美を磨くための知識が豊富で、わたしのお肌と髪は日を追うごとに調子が整ってきている。毎日様々なヘアスタイルを楽しませてもらってもいた。
数日過ごしてみて、わたしの思う「普通の服」は選択肢に入ってこないことを悟った。
神薙の「普通」は豪華なロングドレスで、アクセサリーの宝石は「大きいことは良いことだ」というシンプルな考えに基づいて選ばれている。
「地味めの小さめ」に変更してもらうため奮闘するものの、多勢に無勢でなかなか勝ち目がない。目覚めのハーブティーを頂きながら、負け戦にみみっちい抵抗をするのが朝の日課だ。侍女は明るくて親切な人たちなので、四人でキャンキャンやっている時間も笑いは絶えない。
最大の難点は巨大宝石が似合わないことだろう。侍女たちも一応わかっているらしい。絵を描いて自分の好みを説明すると、熱心に聞いてくれた。今ある宝石を使ってリメイクしようと意気込んでいる。
屋敷も庭も身に着けるものも、すべてはわたしが『生命の宝珠』を量産し、天人族を繁栄させる前提で提供されているものだった。
重い――
しかし、順応する以外に生きる道はない。
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「生活はどうだ?」
王宮に呼ばれてランチをしていると、陛下がやや心配そうに聞いてきた。
家が広すぎて大変だけれど、侍女と相談しながらどうにかやっていると答えた。
「困ったことがあったら何でも言いなさい」と、陛下は言ってくれる。しかし、あまり過度にお世話になりたくないのが正直なところだ。しばらくの間は生活に慣れることに重点を置かざるを得ないけれど、最終的には「自立」を目指したい。
食後のお茶を頂いていると、宰相が懐から紙を取り出した。
「実は、先代の神薙様が所有していた財産がありまして、それを引き継いでいただきたいのです」と、手の平を押しつけて折り目を伸ばしている。
牧場、酒造所、銀鉱山などが一覧になっていた。
――先代はお肉とお酒とお宝が好きだったの?
「持っているだけでお金になります」と言われたものの、これ以上プレッシャーをかけられたくない。
自立を目指している(=お金が必要だ)けれども、国有の不動産や既存ビジネスをもらいたいとは思わなかった。すでに手に余るほどの超特別待遇を受けている。
「収益が出ているのなら、何かの助成金にするとか、国民のために使ってください」と遠慮させてもらった。
書類には「オルランディア王国 国有財産(神薙用)」と書かれていた。
オルランディア王国――それがこの国の名前だった。
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