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嘆願書

 陛下は約束通り美味しいシーフードを用意して待っていてくれた。

 しかし、さすがにわたしたちの格好を見てぎょっとしている。まさかお揃いで現れるとは想定外だっただろう。


 海の物が大嫌いと言っていたヴィルさんは、前菜からガッツリと海の世界が炸裂しているにも関わらず、意外にもすんなり食べていた。

 わたしは「へえー」と思って見ていたが、目を見張るほど驚いていたのは陛下だ。


「お前が貝だの魚だのを食べているのは初めて見たぞ」

「リアが食べていると何でも美味しそうに見えます」

「ほう、美味だと感じるようになったのか」

「リアをじっと見ていれば美味ですよ。しかし、それだと変態でしょう? どこを見て食べるかは、なかなかに悩みどころです」


 今宵もわけの分からないヴィル節が好調だ。(どうやら彼は、変態の自覚があるらしい)


 ヴィルさんがサラダを全部残していたので、「お野菜も嫌いですか?」と聞いてみると、「酢漬けは好き」と言う。

 ピクルスのほうが難易度お高めな気がしていたので、これは少し意外だった。



 「それで叔父上、今宵はリアに何の用です?」


 ヴィルさんが厳しい目をして切り出したのは、デザートの小さなケーキを食べ終えたときだった。

 挨拶に来てくれた王宮料理人にお料理のお礼を言って雑談を交わすなど、その直前までは和やかなお食事会だった。しかし、彼の一言で雰囲気は一転した。


 陛下は小さく舌打ちをして、「相変わらずカンの鋭い奴め」と言った。


「披露目の会が終わったばかりだ。彼女を呼び出すには早すぎます」

「悪いとは思っている」


 わたしは連日ヴィルさんに巻きつかれて一日が途方もなく長く感じていたので、特に早すぎるという感覚はなかった。

 ヴィルさんが不機嫌そうな顔をしているため、なんだかお茶のおかわりが頼みにくい。

 給仕の方をチラッと見ると、ニコリと微笑んでティーポットが置いてあるところへ行ってくれた。良かった。どうやらこちらの気持ちが伝わったようだ。


「リア、叔父上はリアに文句があるのだ。だからこんなに急いで呼び出した」

「えっ? 文句?」

「ヴィル! 余計なことを言うな!」


 イケオジ陛下はカッと顔を赤くしてヴィルさんを叱りつけると、わたしに向かって「文句ではない。お願いをしようと思って呼んだのだ」と優しく言った。


「リアに言わずに私に言って下さい。我々の仲が良いのは見てのとおりです」


 そう言うとヴィルさんはジャケットの刺繍の部分をこれみよがしに撫でて見せつけた。

 その刺繍はわたしのドレスに施されているデザインとまるで同じ柄。

 わたしはリアクションに困って下を向いた。


 陛下は小さくため息をついて「実は商人組合から嘆願書が来た」と言った。

 ヴィルさんは「神薙に関わる消費が落ち込んでいるから助けてくれとでも言われましたか?」と強めの口調で言う。


「まあ、そうだな」

「リアに非があるわけではないでしょう」

「しかし、彼らが言うことにも一理ある」

「神薙に頼りきりの経済を作ったのはリアではありません」

「若造が分かったようなことを言うな」


 商人街の中で高級品を扱う商人たちから、わたしが物を買わないせいで景気が悪く、税金が払えないかも知れないので助けて欲しい、という主旨の嘆願書が届いたそうだ。


 今までの神薙は貴族から財産を巻き上げ、それを原資に大量の消費活動をしていた。

 わたしが誰からも巻き上げず、消費もせず、かと言って貴族の人達がそれに匹敵する消費をしているわけでもないので、結果として売り上げが下がったということらしい。


「もう十分すぎるほど頂いていますし、大切な税金ですから」

「ほらね? 叔父上、私が言ったとおりでしょう。リアには経済が分かるのです」

「貴族の皆さんにお買い物をして頂いたほうが良いかと」

「リアは貢物もすべて返却したいと言っているのですよ」


 わたしが一つ言うたびに、ヴィルさんが畳みかける。

 陛下は驚いて「貢物は開けなくてもいいから受け取ってくれ」と言った。それも神薙に関連する消費活動の一環だからだろう。

 どうやら陛下も困っているようで、神薙が変わって日が浅いため、急に一般の消費を増やそうとしても難しいと言った。

 ただ、それはわたしも同じで、急に浪費家になりなさいと言われても……。


「リア、叔父上はこう言うが、どうする?」


 わたしはお茶のおかわりを頂きながら半べそだ。消費をしろと言われても欲しいものがない。

 経済大国ニッポンで働いていた経験を活かし、貴族が散財したくなるような施策を考えろと言われればいくらでも思いつきそうだけれども、そういうのではダメなのだろうか。


「リア、欲しいものはないのか?」

「すみません、今すぐにはちょっと思いつかなくて……」


 「報告は受けていたが、無欲を極めとるな」と、陛下は言った。

 わたしは決して無欲ではないのだけれど、陛下がわたしに色々と与えすぎなのだ。


「どうしましょう……商人の皆さん、お困りなのですよね」


 下を向いていると、ヴィルさんが陛下に向かって言った。


「王都の税は所得に対してかかるものです。売れなければ売れないなりの税額になる。彼らは本当に税が払えないわけではなく、所得が下がったことを何かのせいにしたいだけだ。リアに消費をさせることを目的にせず、彼らを穏便に黙らせることを目的として考えるべきです」


 正論なのだろうけれど、陛下には陛下の事情と考えがある。


「お前は黙っておれ。穏便に黙らせるために何か少しでも買ってもらえないか、と頼んでいるのだ。正しいことを言えば何でも上手くいくわけではない。いつも言っているだろう」


「い、今考えていますから……っ、ケンカしないでください」


 はああぁぁ、もう、何か考えないとイケオジとイケメンがケンカになる。

 必死で絞り出した結果、一つだけ必要なものが思い浮かんだ。


「あ、自分のペン……が欲しいですね」

「ペン! そ、それだけか?」


 だって、だって……

 そのぐらいしか思いつかないですぅ(泣)


「今、オーディンス副団長からお借りしたペンを使っているので」


 陛下が口をパカンと開けていた。


「ペンを借りて使っとるのか? 買いなさい買いなさい! 一番良いものを買うといい。ヴィル、あのジジイの店に連れていってやれ。何本か買うといい」


 いや、一本で十分です……(汗)


 物質的な満足度なら、今が最も満ち足りている。

 ドレスもアクセサリーも、体が足りないほどある。お風呂は温泉が引かれていて、毎日ゆっくり体を癒せるし、多少和食には飢えているけれども、この国にも美味しいものはたくさんあるので食にも困っていない。

 欲しかった日記用ノートと落書き帳はすでに買ってしまった。


「買い物に出かけてみてはどうだ? ほとんど外に出ていないのだろう?」


 優しいイケオジは決して強引にあれを買えこれを買えとは言わない。だから、少しでもお役に立てればと思うのだけど……。


「歩いていたら、こうムラムラッと欲しいものが見つかるのではないか?」

「そうですねぇ。なるべく頑張ってムラムラを探してみます」


 結局、「商人街に行くだけは行く」というところに話は着地した。ただ、商人全員が満足できるような買い物はできないだろうから期待はしないで、と伝えて王宮を後にした。


 帰りの馬車の中、わたしはヴィルさんにギュッとされてションボリしていた。


「一緒に買い物に行こう。きっと楽しくなる」


 コクンと頷くと、彼は「この間の髪留めをつけてくれるか?」と言う。

 わたしがまたコクンと頷くと、上からたくさんのキスが降り注いだ。


 お月様は大きいのと小さいのが一つずつあったけれど、ヴィルさんの顔に隠れてしまって、あまりじっくり見ることはできなかった。

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