クマくん
「ヴィルさん、これはどうやって返送するのですか?」と、わたしは尋ねた。
「これ、とは?」
「ん? ここにあるもの、全部……」
ヴィルさんとイケ仏様が動きを止め、ジーッとわたしを見下ろしていた。
パチクリ・パチクリと、謎のモールス信号が二か所から送られてきている。
え……
これ、また何か答えないといけないやつでしょうか??
「リア様、まさかとは思いますが、嬉しくないのですか?」
「おいおい、おそらくは最高の品ばかりだぞ?」
そう来ますか。
んんー、しかし、そんなことを言われても。
「お花とかお手紙は嬉しいですけど、見ず知らずの人から高価なものを頂くのはチョット怖いです。全部に税金を使ってお礼をするのも変ですし……」
なにせ一人しか夫を持つ気がないわたしの場合、貢いで頂いても期待にお応えできない可能性のほうが高い。それに、中身を確認した上で「欲しいものだけ頂く」というのもちょっと失礼な気がする。
「お花や食べ物などは無理だとしても、腐らないものは全部お返ししたいと思うのですが」
二人は顔を見合わせていた。
「どうします?」「うーん、そうは言うが」と、小声で相談している。
ヴィルさんは少し考えてから、「王宮とも議論した上で、今後の方針を決めようか」と提案してくれた。
「どの道、ここで再鑑定と台帳を作ることに変わりはない」
「分かりました」
お花は宮殿全体が明るくなるし、皆で楽しめるので有り難い。
早々に処理が終わった花束を見ていると、一つ一つに小さなメッセージカードが付いている。
順番に見ていくと、小さなぬいぐるみが添えられたバラの花束を見つけた。
どうやらリボンにマスコットを引っかけてあるようだ。
「可愛いクマさん。どなたからでしょう」
わたしがメッセージカードを取るとヴィルさんが一緒に覗き込み、「げっ」と声をあげた。
カードに「貴女の騎士 クリストフ・クランツ」と書いてある。
わぁ、くまんつ様です♪
クマ似のくまんつ様が、クマさんを添えてお花をくれるなんて可愛い過ぎる。くまんつ様も旦那様候補になってくださるのだろうか。
「くまんつ様、嬉しい……」
ぬいぐるみをリボンから外した。
手の平よりも小さく柔らかなクマを、ただ指先でふにふに触るだけで癒される。
くぅ~っ、やはりクマさんは癒しだ。
モフっと大きな赤いバラの花束も素敵だった。
「リア、それは受け取るのか?」と、ヴィルさんが聞いてきた。
「お花は全部飾ろうと思います」
「いや、花じゃない。そのクマだ……」
ヴィルさんは青ざめた顔で指先をプルプルさせながら、わたしがモフりまくっているクマを指差す。
彼はクマが嫌いなのだろうか?? こんなに可愛らしいのに。
「ベッド横にある棚に置こうかと」と言い終わらないうちに、「ベッドにクリスは駄目だ」と言われた。
「くりす? このクマ君の名前ですか?」
「違う。クリストフだ」
「ん? くまんつ様のことですか?」
「百歩譲って、暖炉の上ではダメか?」
「暖炉の上もいいですね。お茶を頂くときに見えるし」
「ぐ……茶か。ま、まあ、茶ぐらいならいいだろう」
良く分からないので詳しく聞こうと思ったけれども、侍女長が呼びに来たため、そこで話が打ち切りになってしまった。
ヴィルさんは「よし、出かける支度だ!」と言うと、わたしからそっとクマの「クリス君」を取り上げた。
「あ、それは持っていく……」
「皆、後はよろしく頼む!」
「ヴィルさん、クマ君を返……」
「大丈夫、運ばせる! アレン、頼む!」
わたしの言葉をことごとく食い気味にやっつけると、彼はわたしをガバッと抱き上げた。
「ひゃぁっ! 降ろして下さいぃ」
「行こう!」
「やああぁぁぁ……ッ、副団長さま、た、助けてぇ」
イケ仏様が額に手を当てため息をついていた。
多分、わたしの気のせいだと思うけれども、それが「南無ぅ」に聞こえた。
ヴィルさんはそのまま会議室を出ると、スタコラサッサと階段を上り、わたしの部屋へと向かう。
そして、わたしを侍女に託すと、清々しい笑みを浮かべて部屋から出ていった。
彼の自己中心的な感じもまた、実家の柴犬にソックリだった。「お使いに行ってくる」と言ったのを「お散歩だ」と拡大解釈して、玄関で「俺も行くぞぉ」と待ち構えていた愛犬の姿を思い出した。
ヴィルさんの謎行動は、これで終わらなかった。
支度を終えて再び顔を合わせた瞬間、わたしは「でぇッ?」と極めてお上品な(?)声を発していた。「なんでぇ?!」の最後の音だけが外に漏れたのだ。
なぜか彼は、わたしとお揃いにしか見えない服で微笑んでいた。
完全なるカップルコーデというやつだ。
もちろん、二人で揃ってオーダーなどしていないし、しつこいようだけれど彼とわたしは正式なカップルではない。
しかし、一時間半ぶりに顔を合わせたわたし達は、モスグリーンにキラキラ金刺繍のお揃いに身を包んでいた。
世の中には様々なモスグリーンがあるはずだ。薄かったり濃かったり。それに、生地が違えば光沢も違うだろう。金刺繍も然りだ。柄やデザインなどで様々な個性が出るはずだった。
相談もしていないのにお揃いになったりするものだろうか。
ちなみに、わたしは侍女が選んだドレスを着ただけだった。
一国の王と食事をご一緒するわけなので、適切なものをプロに選んでもらっている。
「リア、行こうか」
「んっ? あ、ハイ……」
ヴィルさんは、サっと格好良くわたしの背中に腕を回した。
「いい香りがする。こんなに近づかないと香らないようにするなんて、リアは意地悪だな」
彼は顔を近づけてスンスンと匂いを嗅ぐ。
そしてまたイケ仏様に「そういうことをするなら離れろ」と叱られる。これを繰り返していた。