ワンコ化
第四章 戸惑い
◇◆◇
ヴィルさんがエムブラ宮殿へやって来た。
交替制とは言え、トップの彼が神薙のそばに付くことは異例らしい。
彼は現場に出ない管理職だ。会議やオフィスワークが中心で、ほかの業務も兼任しているので多忙な人だと聞いている。
まず手始めに、副団長と同じようにプライベートルームを用意した。
そして、宮殿の皆の協力を得ながら、我が家に第一騎士団のサテライトオフィス機能を持たせることにした。
まず、空き部屋を一つ、団長専用オフィスにする。その隣は副団長のオフィスだ。
執務スペースを確保したらオフィスのインフラ整備だ。
通称「執務棟」と呼ばれている騎士団のオフィス棟が商人街の近くにある。
一般企業で言うなら本社のような位置づけになるその場所に、定期メール便の馬車を往復させ、書類や小包の転送が手軽にできるようにした。
エムブラ宮殿にはもともと大中小サイズの会議室があったし、護衛騎士の宿舎になっている建物にもオフィスと会議室がある。職場環境としては結構充実しているはずだ。
副団長の皆さんからは好評を頂いた。
そう、わたしはヴィルさんの仕事環境を整え、万全の態勢でお迎えしたのだ。
だのに……だのに……
「ヴィルさん?」
「うん?」
「お仕事は?」
「あとでする……」
「あの……」
「どうした?」
「ち、近いのですが……とても」
遠回しに「もう少し離れて」と言ったつもりなのだけど、彼は顔を上気させて「はぁー、気持ちいいー」と吐息をついた。
ダメです。まったく会話が噛み合いません……。
神薙のそばにいるからと言って、今までの仕事が減るわけではないと思う。しかし、連日わたしに巻きつく彼は、まるで「着る毛布」のようだった。
それは朝食後に新聞を読んでいると始まり、昼食時に一旦離れるものの食後のお茶を飲んでいると再び始まった。
彼はわたしの隣にぴったりと密着して座り、その長い脚を組んでできた空間にわたしを収納する。そして、ガッツリ肩を抱く。
かろうじてお茶は飲ませてもらえる。しかし、飲み終えるとさらに強固な収納技をかけられて身動きを封じられるのだ。
本格的な冬に向け、気温は下降傾向にある。
生地が厚めの冬用ドレスがどっさりと納品されてきていたけれども、果たしてわたしにそのドレスは必要なのだろうか。
寒さがピンと来ない。むしろヴィルさんの体温で暑い……。
わたしから季節感を根こそぎ奪い取りながら、「ドレスが可愛い」と言ってみたり、「リアはリボンが似合う」と言って一つ一つリボンを指でつまんでみたり、やたらスンスンと匂いを嗅ぐ(※やめてください 泣)
さらには髪を触り、頭を撫で、時折ぎぅぅっと抱きついてくる。
そして概ね「はぁ」とか「ふぅ」とかセクシーで甘ったるい吐息をついているのだ。
大丈夫なのでしょうか、お仕事は。
というか、この変貌ぶりは一体なに……??(汗)
わたしが最初に分析したヴィルさんの成分構成は、天然ボケ成分が一割ほどで、残りの九割は「イケメン騎士様」成分で出来ていた。
本日実施した二度目の分析結果によると、彼の百パーセントが「柴犬」成分で構成されている。その証拠に、この数日の彼の行動は、実家で暮らしている柴犬「まめ太郎さん」とほぼ一致する。
まめ太郎さんもご近所の犬界隈ではイケメンポジションだった。
わたしに密着しては服のパーツをチビチビと噛み、髪の中に鼻を突っ込んでスンスンし、「はぁん」とか「ふぅん」とか言いながらクネクネしていた。
まめ太郎さんは一日に数回、ツトーッとヨダレを垂らすけれども、ヴィル太郎さんは四六時中ドバァーッとフェロモンを垂らしている。
両者はほぼ同じだ。
度を超すヴィルさんの粘着ぶりに、侍女すら近づいてこなくなった。「食後のお茶はお二人で~」と言って、にこやかに逃げてしまう。
気をつかってくれたのかも知れないけれど、いやいや、これ、本当にどうしたらいいのだろう……。
前日は急ぎの仕事があったようで、オーディンス副団長が突撃してきて、「仕事をしろ。バカなのか!」とキレ散らかした。
さらには彼を仕事部屋へ連行し、二時間ほど閉じ込めていたから、よほど急いでいたのだろう。
お勤めを終えて解放された後のヴィルさんは燃えカスのようで、もとの元気な状態に戻るまで約一時間ほど、わたしに巻きついてスンスンしていた。
多分、彼はわたしを充電器か何かと間違えている。
「リア……、はぁぁ……」
彼がまた甘い息を吐いた。
日がな一日、ただ何かにしがみついているだけの生き物といえばナマケモノだろう。
彼は、柴犬とナマケモノを掛け合わせた新生物「シバケモノ」だった。
飼い主様……いいえ、イケ仏様、どこへ行ったのですか?
今日もこの格好良いシバケモノを連行し、団長室に閉じ込めたほうが良いのではありませんか?
彼がしがみついている樹木のほうを一旦オリへ移動させるのもありです。
彼がノコノコついてきたところで捕獲して頂き、閉じ込めて一緒に逃げましょう。
この生き物を放し飼いにされると、わたしは一日中何もできません。ずっと身動きができないですし、さっきからやたらと耳に息を吹きかけてくるので困っています。
助けて副団長さま、あなただけが頼りです……
ブックマーク及び評価を頂いた皆さま、誠にありがとうございます。