使命 §3
「神薙は繁栄の象徴だ」と、陛下は言った。「我が国で幸福に暮らしてほしい。それが神薙の仕事だ」
陛下の言葉に宰相もうなずいている。
「天人族の中から愛し合える相手を見つけて欲しいのだ」と、陛下は言った。
この大陸には天人族とヒト族、二つの種族が暮らしているらしく、魔力を持つ天人族の中からパートナーを見つけてほしいと言う。
わたしはただ「ハッピー」と言っているだけでよいのだと。
それだけでよいのなら「特に問題はないかな」とは思う。
「天人」なんて言うので、羽でも生えているのかと思いきや、同じ部屋の中に天人族とヒト族が両方いた。くまんつ団長、陛下、宰相が天人族で、ヒト族の騎士様が数人。皆、見た目はごく普通の人間だった。長く暮らしていれば、周りの人と親しくもなるだろうし、恋をすることもあるだろう。
そんなことより、むしろお金と家がないことのほうが断然気になる。ハッピーになるのは結構だけれども、それは収入につながるお仕事なのだろうか。
「夫や恋人は一人である必要はないからな」
陛下が急にこんなことを言ったせいで「それって収入になるのですか」と聞きそびれてしまった。
今、この人なんて言った?
夫や恋人は一人である必要はない?
「はっ?」と聞き返すと、陛下は「んっ?」と首をかしげた。
「好きなだけ男を選んでよいからな? この国は一夫一妻制だが、神薙に限っては夫の数に上限はない」
わたしは絶句した。予想もしていなかった場所から、突然ミサイルを撃ち込まれた気分だった。
陛下の言葉の意味はわかる。けれども、その価値観がまったく理解できない。
「夫は最低でも二人はお持ちください。我々の望みは神薙様の幸福。ただそれだけなのです」
誰か宰相のお口にもチャックを付けてほしい。いったいどんな価値観で生きてきたら「最低でも二人の夫でハッピーに」なんて発想になるのだろうか。
「申し訳ありません。わたしにはとても務まりませんので、元の世界へ帰してください。帰るのが無理なら、ほかを当たってもらって、当面の生活費と家をお借りしたく……」
体の震えが止まらない。手の平に変な汗がにじみ、上半身だけがプルプル震える。
そんな状態のわたしに向かって、宰相は必死な様子で言った。
「お待ちください! 夫が住む宮殿は追加もできます。百人でも二百人でも収容できますので。なんとかお願いいたします!」
わたしは目を閉じて天井を仰いだ。
宰相さん、違う違う、そうじゃない。
わたし「二人じゃ足りない」という意味で言ったわけではないです……。
「リア殿、この話には続きがある」
陛下は居住まいを正し、落ち着いた口調で言った。
「そもそも我々天人族は、男しか生まれない種族だ」
「へ?」
大混乱だ。男性しか生まれない種族がどうやって世代をつないでいるのだろう。
そうか! ここは異世界なのだし、地球ではあり得ない生態の生き物が住んでいても不思議ではない。ということは……
「天人族って、雌雄同体とか不老不死とかですか?」と尋ねた。
陛下がブバッとお茶を噴いた。
くまんつ団長と宰相が下を向いて肩を震わせている。
どうやら違うらしい……(めちゃめちゃ恥ずかしい)
そもそもイケオジ陛下がオジサンになっている時点で、少なくとも不老ではなかった。
「天人族は神薙との間にしか子どもができないのだ」
陛下は笑いながら人差し指を立てて言うと、メイドさんがいれ直した温かいお茶に手を伸ばした。
「それは大変ですねぇ」と、わたしは答えた。
侍女三人組から「神薙は大陸に一人」だと聞いていた。人には好みというものがあるし、候補が一人しかいないだなんて、お互いに嫌だろう。せめて何人か候補がいたほうが……
――あれ?
ちょっと待って。神薙って、わたしじゃなかった?
つまり、わたしがここに召喚された理由って……
【神薙のミッション】
・繁栄の象徴としてハッピーになれ
・天人族(全部男性)からパートナーを見つけろ
・夫は最低二人から、上限なし
・繁殖がんばれ
ちょ、待って。お願いだから、普通に生活させて。
「わたしに子どもを産みまくれって仰っているのですかッ?!」
思わず腰を浮かせた。
冗談じゃない。王様だか何だか知らないが、人権侵害許すまじ。紅茶ぶっかけて逃げてやる。
「いやいや、誤解だ! そうではない!」
陛下は慌てた様子で、こちらに手の平を向けた。
「天人族の子は、特殊な魔力で満たした『生命の宝珠』から生まれるのだ」
ポスンとソファーにおしりを落とした。
「生命の、ほーじゅ……?」
「リア殿の手の平に収まるほどの大きさで、丸い形をした宝石のような石だ」
ヒト型の生き物がタマゴから生まれる的な話をしていらっしゃる。
ほーじゅが屏風に上手にぼーじゅの絵を描い……おお、しっかりしろ、わたし。
「宝珠の扱いは天人族なら皆知っている。リア殿は好きな男と愛し合うだけでいい。そうすれば宝珠は神薙の魔力で満たされる」
「それが仕事と言いますけれど、収入になるのですか?」
「宝珠は神薙の財産になる。それを国が買い取る」
「つまり、普通に結婚して暮らしているだけでよいと?」
「大勢の夫とな」
「そこが余計です。意味がわかりません」
「お待ちください、神薙様。もう少し説明を追加させてください!」
宰相の説明によれば、天人族の人口は年々減り続けている。神薙に二人以上の夫を持たせるのは「飽きさせないことで少子化対策をしている(つもり)」なのだとか。
陛下の言う「繁栄の象徴」という言葉は決して間違いではない。しかし、象徴というよりむしろ「繁栄そのものを担っている存在」と言うほうが正確だった。
わたしは今「今日からここがお家だよ」と、養鶏所に連れてこられたニワトリに近い状況にある。
野に帰してほしい……。
「大勢の夫を持て」という陛下と「選ぶにしたって一人だ」と主張するわたしの攻防は白熱した。
すごい宝石をやるとか、金鉱山をやるとか、あれこれ条件を出されたが、わたしはすべて拒否した。ニワトリにはニワトリなりの矜持がある。
「と、とりあえず、最初は一人でもヨシとしよう」陛下がついに折れた。
はぁ、はぁ、はぁ……か、勝った。
三か月後、陛下主催で「新神薙のお披露目会」が開催されることになった。その場でわたしは一旦さらしものとなる。
わたしを気に入ってくれた天人族は、王宮へ「お見合い」の申し込みをしてもらうことになった。
お見合いで相互理解を深め、お互いに気に入れば結婚前提でのお付き合いになるだろう。期限もないというので、焦らずのんびり婚活をさせていただくつもりだ。
「一人か……」と、陛下が不安そうにつぶやいた。「本当に一人なら、相当重要になってくるぞ」
「そうですねぇ」宰相が腕組みをして眉間にしわを寄せている。
今までの神薙さんには夫が大勢いたそうだ。そのため、多少おかしな夫がいたとしても、ほかの人たちが抑止力になっていた。
わたしが本当に一人しか旦那さんを選ばなかった場合、その抑止力がない状態になる。それは危険だと言うので、申し込んできた人を王宮でふるいにかけてもらうことにした。
「あのぅ、誰も旦那さんに立候補してこなかったらどうなるのでしょうか」と尋ねた。
これまで会った人たちは、彫りの深い北欧系の顔立ちをしていた。きっとわたしは「平たい顔」に見えていることだろう。箸にも棒にもかからない事態を想定しておかなければならない。
「それはない。心配は要らないぞ」と、陛下は自信満々に言い切った。
何を根拠にそんなことを言うのかと思ったら、この国で神薙の夫になることは名誉なことらしい。
「では逆に、わたしが誰も気に入らなかった場合はどうなるのですか?」
「誰かは選んだほうがいいだろうな」陛下は宰相をチラリと見ながら言った。
宰相も同じ意見のようで、大きくうなずいている。
「リア様を廃して次の神薙を喚べ、などという物騒な話になりかねないですからね」
廃す? 物騒? 聞き捨てならないことを言う人だ。
「結婚しない神薙は殺されるという意味ですか?」
「騎士団が命がけで守るから大丈夫だとは思うが、王都軍まで蜂起するような事態になると、少し状況が厳しくなるかもな」
陛下はおヒゲを触りながら平然とした顔で言った。
結婚しないと軍が攻めてくるらしい。
そんな命がけの婚活なんて聞いたことがない。
「じょっ冗談じゃな……!」
興奮して身を乗り出したら、目の前が真っ白になった。
「あ、まぶしい」と思ったら、今度は真っ黒になった。
遠くでくまんつ団長と宰相が「神薙様!」と呼んでいる声が聞こえた。
そのうち何も聞こえなくなった。




