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頑張るところ

 閉会後、陛下は王宮主催の舞踏会に出ることになっていたので、ハグをしてお別れした。

 わたしは護衛の皆と共に離宮へ撤収だ。


 戻ると侍女がお風呂の支度をして待っていてくれた。

 馴染みの文官の方から差し入れがあったので、今日のお風呂に入れたと言う。

 てっきり入浴剤かと思いきやバスタブにグレープフルーツのようなものが幾つも浮かんでいた。

 香りは良いものの心臓が止まりそうなほど強烈な酸味を持つ品種らしく、お風呂に浮かべて使うことが多いそうだ。

 柑橘の香りが一日の疲れをじわっと癒してくれる。

 ゆっくり浸かった後はリビングで腰に手を当て、レモン水をぐびぐび飲む。これはお約束。


 あー、この一杯のために生きてるー。


 無事に終わった実感がようやく湧いてきた。

 ひとしきり侍女と労をねぎらい合う。

 「さあ、今日はもう終業時間にして、ゆっくりしましょう」と言って解散しようとした、まさにその瞬間だった。


 ノックの音が聞こえた。


「誰でしょうね?」

「リア様、いかがいたしますか?」

「急ぎでなければ、もう休むと言ってお断りしましょう」


 皆を自由にしてあげたい。

 わたしも足を伸ばして、ソファーでゴロンとしたかった。

 しかし、対応に出た侍女長がなにやら興奮気味な顔で戻ってくる。


「ランドルフ団長がいらしていて、リア様に重要なお話があるそうですわ!」


 あ、やっぱりランドリーじゃなかった。

 ランドルフさんでした(※イマサラどうでもいい)

 どうしましょう、もうお化粧も全部落としてしまったし、寝巻き(ナイトドレス)にちょっと羽織り物をかけているだけなのに……。


 侍女長のフリガが鼻息を荒くして、「急いで簡単なお化粧をしましょう!」と言い出した。


「え、ええぇ……今日はもう良いのでは? ずっと緊張していて疲れましたし」


 お風呂に入ってしまうとグダグダのダメ人間になる残念仕様に加えて、相手がナイヤガラ大瀑布の如く雄大にフェロモンを落とすヴィルさんなので、わたしは逃げ腰だ。

 夜のヴィルさんは少々刺激が強すぎるのではないでしょうか。昼ヴィルも相当でしたし。


 しかし、侍女長は引かない。他の侍女二人も侍女長の援護射撃に回った。


「リア様! ここは頑張るところですわ!」

「そうですわ!」

「重要なお話なのですから!」

「あうぅぅ……」


 相変わらず多勢に無勢だ。

 侍女三人に囲まれ、わちゃわちゃしている間にメイクが終わってしまった。


「お着替えをっ!」

「えええ……も、もう、ゆっくりしたいですぅ……」

「リア様っ! しっかりなさって!」

「は、はいぃぃ」


 叱られながらまんまと仕上げられてしまった。

 自分ひとりだったら、絶対に「明日にしましょう」と言ってお布団に潜り込み、秒でスヨスヨ寝ているところだ。

 しっかり派の侍女長が、「昼間用のドレスを今から着る必要はない」と言ってくれたのが不幸中の幸いで、ナイトドレスの上にいつもよりも少し豪華なガウンをキチンと着せてくれた。


 寝室を兼ねた支度部屋からリビングへ出ていくと、既に通されていたヴィルさんが待っていた。

 終業時間を迎えた侍女三人は、拳をきゅっと握って「がんばれ」の可愛いジェスチャーをしながら去ってゆく。

 こんな王子様みたいな人を相手に、わたしが何を頑張ったって無駄だと気づいて欲しい……。



 ヴィルさんも着替えてから来たようだ。

 先程まで白と金で光り輝いていた彼は、一転して落ち着いた紺色の服を着ていたけれど、それでもまだピカピカしていた。どうやら彼は外装ではなく本体のほうが光る仕様になっているようだ。


「あ……」


 挨拶もそこそこに、彼の襟元に気を取られた。

 十日ほど前、わたしが選んだシルバーのアスコットタイをしていた。そして、それを留めているのは一緒に選んだリングだった。


 座って待っていた彼は立ち上がり、わたしのそばに歩み寄った。

 手を取り、その甲にキスをする。


「リア、色々と説明が足りなくて、すまなかった」

「ヴィルさんが仕事で謝らないといけない相手って……」

「本当にごめん」

「わたしだったのですか?」


 思わず吹き出した。

 てっきり騎士にもクレーム対応の仕事があるのかと思っていたけれど、謝罪先はまさかの自分だ。

 わたしは自分のためにウンウン唸りながら彼のタイを選んでいたことになる。


「ふふふ……やっぱり良くお似合いですね」

「怒っていないのか?」

「え? 何に怒るのですか?」

「いや、色々とあっただろう。俺のせいで」


 んん?

 確かに色々あったような気はするけれど、夜まで引きずるほどのことはなかった気がする。


「詳しく聞きたいことは幾つかありますけど、特に怒るようなことはなかったです」

「本当か?」

「わたしが怒ると雨や雷になると副団長さまが仰っていました」

「……そうだった」

「昼間少し曇っただけで、今はお星さまが出ていますからね」


 彼は再びわたしの手にキスをした。


「とりあえず、お茶でも淹れましょう」

「いや、そんな事はリアがしなくても」

「ん? いつもお茶は自分で淹れていますけれども……」

「メイドは?」

「頼んで持ってきてもらうより、自分で淹れたほうが早いですしねぇ」

「しかし、火傷をすると……」

「ここの皆さんは心配性ですよね。うふふ」


 水差しから湯沸かしポットに水を注いだ。

 この国には電気がない。だから、このポットがどうやってお湯を沸かしているのかは正直言って良く分からないのだけれども、水を入れてスイッチのようなものをクルリと回せば、すぐにボコボコとお湯の沸く音が聞こえてくる。その手順は日本で売られている電気ケトルと概ね同じだった。


「いつからわたしが神薙だと知っていたのですか?」

「う……」

「う?」


 キャビネットからカップを取り出しながら尋ねると、歯切れの悪いヴィルさんが、すぐ後ろで小さなため息をついた。


「実は、最初にリアと話したときから」

「え……、うそ……」


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