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ボンボンキノコ

「止まれ! 神薙に近づくな!」


 ヴィルさんとオーディンス副団長が同時にわたしの前に出て、ボンボンキノコ様に立ちはだかった。

 壇上の警備を担当している第一騎士団員が警戒態勢を取る。同時に王の警護を担当している近衛騎士団の皆さんも、陛下を連れて後ろに下がった。


 あの方、どうしちゃったのでしょう……。

 二人の間からそっと様子を覗っていると、その気配を察したヴィルさんが「見ない方がいい。後ろにいろ。杖の試練でおかしくなっている」と低い声で言った。


「はぅ……ごめんなさい」


 わたしは後ろに引っ込みながら謝った。

 陛下がボンボンキノコ氏を眺めながら顔をしかめ、ものすごく嫌な顔をしている。


「神薙様、私を、どうか私を、夫にぃ~っ!」


 キノコ様が騒いでいる。

 ひいぃ、いやですぅー。体幹へにょへにょキノコ様は怖いですっ。


「貴様、それ以上近づけば斬る!」


 ボンボンキノコ様は意識が半分アチラの世界へ行ってしまっているようだ。

 イケ仏様がオデコに青スジを立てながら、剣のグリップに右手をかけた。

 陛下かヴィルさんが抜剣の許可を出すと、彼はボンボンキノコ氏を斬ってしまう。いくらなんでも、そこまではしてほしくない。杖のせいでこうなってしまったのだから……。


 どうしましょう、どうしましょうっ。

 イケ仏様がお怒りということは、またお得意の風がビューッと吹きすさぶに違いない。そうすれば、斬らずとも冷やされてキノコ様も目が覚めるのではないかしら?

 ただ、わたしの今日のドレスは生地が薄めなので、彼の風が吹くと凍えてしまう。


「あ、そうだっ」


 わたしはファンヒーターを見つけた猫のごとくヴィルさんに近づいた。

 ここはアップグレードを重ねて保温機能が搭載されているヴィルさんシェルターにおすがりしよう。


 ヴィルさん、ちょっとお背中失礼させて頂きます。風避けになってくださいませ。

 ぴと……っと、くっつけば準備万端。

 さあ、いつでもどうぞ、副団長さまっ。

 ボンボンキノコ様のクールダウンをお願い致しますっ。


 ところがヴィルさんは「よせ、リアが怖がっている」と言ってイケ仏様を止めてしまった。


 あれ?

 怖くないですけれども?


 寒さに備えたつもりが、怖がっていることになってしまった。

 大丈夫なのに……。


 「どうせ長くは持たない」と、ヴィルさんが言ったときだった。

 突然、ボンボンキノコが断末魔(?)を上げた。ビクリとしてそおっと二人の間から様子を窺うと、キノコ様が階段をゴロゴロと転がっていくのが見える(ご本人には申し訳ないけれど、ちょっと面白い)

 なだらかな階段なのでケガはしないだろうけれど、転がったらそれなりに痛いかも知れない。


「ボンボンキノコ様、大丈夫でしょうか……」


 心配して見ていると、イケ仏様がブフッと吹き出して振り返った。


「リア様、勝手に彼を変な名で呼ばないでください」

「はっ! す、すみません。髪型がまるでキノコのようだったので……」


 それにしても、いったい何が起きたのだろう。

 首をかしげていると、ヴィルさんが舌打ちをして振り返り、わたしを抱き寄せた。

 恥ずかしさが一気に上限をぶっちぎり、上半身がプルプル震え出す。


 きゃーっ、きゃーっ!

 こんな大衆の前でもそれをやるのですかっ?


「ヴィ、ヴィっ、ヴィルさんっ?」

「こんなに怯えて、可哀そうに」


 あ……あなたのせいなのですが?


「違いますっ。怖いのではなくてっ……」

「だからこんな会は反対だった」

「へ、平気です。本当に大丈夫で……」


 彼がアクセルを踏みすぎているせいで、わたしのダッシュボードに付いている「恥ずかしメーター」が振り切って針がブルブル震えている。

 しかし彼はわたしが怯えて震えていると思い込み、アクセルを踏み続けていた。


 ヴィルさん、落ち着いてください。ここは高速道路ではありません。どちらかというと、車幅ギリッギリの路地ですっ。止まってーっ。


 最前列中央を陣取った年配客の興奮気味な話し声が聞こえてくる。


「なんと恥じらいのある神薙だろう」

「あのランドルフ様のご子息が神薙に付いたばかりか、あのような溺愛ぶり」

「しかもオルランディアの加護として認められた神薙ですぞ」

「これは我が家も申し込みをしないと」

「見合いは先着順なのだろうか?」

「いいや、そうではないようですぞ」

「しかし早いほうが良いに決まっている」


 ヴィルさん、今のお話、聞こえていました?

 皆さん見ています。何百というお客様が見ているのですよぉぉー。


 わたしはもう一度「大丈夫」と言ってみたけれど、暴走車ヴィル号が余計に力を込めてきたので、もう諦めて助手席で死ぬことにした。



 魔力量詐称のせいで具合が悪くなった人たちが、肩を落としてぞろぞろと出口へ向かっていく。まるで街を支配することを諦め、仲良く巣に戻るゾンビのようだ。

 まだ挨拶すら交わしていないのに、こんな形で縁が切れる人がこれほど大勢いるなんて、なんとも切ない。


 ボンボンキノコ様は、神薙に対する傷害未遂で警備の騎士に連行された。ただ、どう考えても杖のせいなので、罪に問わないで頂くよう陛下にお願いした。


 ヴィルさんが言うには、あちこちでキノコ様と同じ症状を引き起こした人がおり、彼はそれを「キノコ爆発」と表現していた。

 想定をはるかに上回る犠牲者(ゾンビ)が出たため、換気と休憩の時間が設けられた。

※第65話は欠番です。編集作業でカットになりました。

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