オンステージ
「皆、拍手で迎えてくれ! 新神薙のリアだ!」
ついにドアが開き、時間管理を極めた男がゴーサインを出した。
つい今しがたまで叱られていたとは思えないほど格好良いヴィルさんのエスコートでステージへと出て行く。彼は陛下の隣へゆっくりとわたしを連れていった。
歓声が地鳴りのように聞こえた。
おそらくは、大半の方に良い印象を持ってもらえたのだと思う。心配していた「へのへのもへじさん」的な扱いは受けずに済んだし、可憐という声がチラリと聞こえたので、少しホッとした。
わたし本体よりも注目を浴びていたのは、ヴィルさんから頂いたネックレス「オルランディアの涙」だった。
皆さん口々に「オルランディアの涙だ」と、わたしの胸元で光る大きなエメラルドを指差していた。
「国民の大半は、伝説かお伽話だと思っているようだが」
陛下が話し出すと、大きなざわつきがピタッと止む。
「オルランディアの涙は実在する国宝である」
国宝!?
そ、それは、初耳なのですが……?
陛下の説明に耳をピンと立てていると、オルランディアの涙は人から人へと直接譲り渡されるもので、前の持ち主が「慈悲をもって国王と共に国を護る者」として認めた人に受け継ぐことになっていると陛下は説明した。
「当代の神薙リアは、すでに私と共に在る者である」
大変なものを頂いてしまいました……(汗)
ティアラと杖、それからネックレスと、わたしのところで国宝が渋滞していますっ。
ヴィルさんは説明が足りない。
団長だということも教えてくれなかったし、イケメン人間国宝のくせに(?)有形文化財をお守りだなんて言ってしれっとプレゼントしてくる。肝心なことを教えてくれない。
なんて困ったグッドルッキングガイでしょう。だからオーディンス副団長からお母さんみたいにガミガミ叱られるのですよっ。
陛下はわたしの旦那さん選定について手短に説明した後、補足をした。
「リアは贅を尽くした神薙の大宮殿には住まず、こぢんまりとした宮殿で書物を読み、静かに暮らしている。宝石や財産には執着がなく、歴代神薙のように数え切れぬほどの夫を持つ意志もない」
会場がざわつき始めた。
来客同士が互いに顔を見合わせ、「どういうこと?」と首を傾げている。
み、皆さま申し訳ありません……。わたくし、先代のようなビッチ属性を持っていなくて、大変恐縮です。
「リアが夫に求めるものは、生涯を終えても尽きぬ愛だ。それゆえ、リアの夫に年季はない。一般貴族と同様、婚約をした後、婚姻を結んでもらう」
おおー! という歓声が上がった。
この歓声の意味するところが歓迎なのかそうでないかは、お申し込み者数を見てみないと分からない。
「応募者は王宮にて一次選考を行う。王宮は夫の選考には慎重だ。生半可な気持ちで夫にはなれぬ!」
ざわつきが大きくなった。
それに合わせるように、陛下の声も大きくなっていく。
「誰一人として夫に選ばれなかった場合、リアは私の妻とする!」
「……へ?」
会場がどよめいた。
そして、しんと静まり返った。
あ、あの……陛下、それを皆さんの前で言うと、もう冗談ではなくなってしまうのですけれど……?
「王の特権を行使してでもひとり占めをしたい! しかしながら、諸君らの日頃の忠誠にも応えたい。断腸の思いで諦め、この日を迎えた。皆、どうかこの思いを汲み、彼女には誠実かつ親切であってくれ」
陛下の言葉で会場の雰囲気が和んだ。
旦那さんが決まらなければ殺されるかも知れないという失敗ルートがなくなり、代わりに「ダメだったらイケオジ陛下の妻になる」という回避ルートが出来た。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、頬が熱くなる。
ランチをご一緒した陛下のお友達のオジサマ達が一番前の端に陣取っていて、にこやかに見守ってくれていた。
「さあ、試練の時間である! 神薙の力に耐えられる自信のない者は、退出するのが賢明だ。誰もそれを責めたり笑うことは許さぬ!」
沈黙。
誰も何も言わず、誰もその場を動かなかった。
「皆、覚悟は良いようだな。では、神薙の騎士よ、杖を神薙へ!」
ついに神薙の杖を持つお時間が来てしまった。
参加者にとっては、これが「試練」になるらしい。
指先から肘ほどの長さのその杖は、先端に大きくカットされた青白い石が付いている。
その石は昔の神薙様に貢物として贈られた希少石だそうで、とある効果があったことから杖に加工された。
その杖を持つと急激に神薙の力が増幅され、五分と経たぬ間にピークに達するというのだ。
「それが一部の天人族の体調に影響を及ぼす。しかし、そこで影響を受ける天人族は、神薙の夫の資質を持ち合わせていないという証になる」と、ヴィルさんは言った。
しかし、どうもよく分からない。
「あなたの力を増幅させます」と言われても、そもそも「わたしの力」が何なのかが分からないのだ。
ヴィルさんの話では「神薙の力については、ほとんど研究が進んでいない」ということだったので、彼もよく分からないらしい。
脚力とか腕力とか、そういう話……?
それとも、日本人らしく(?)スーパーサイ●人に変身します? 「かめはめ波」は一度撃ってみたいです。
大怪獣に変身するとかでもいいですね。「シン・ゴリア」とか、いかがでしょうか。街のミニチュアを作っていただければメキョメキョ踏み潰します。騎士団の皆さんとお庭で戦います。
わたしのせいで体調を崩すなんて申し訳ないのだけど、この試練は避けられないそうだ。
「見ているのが辛くなったときは、私の後ろに隠れているといい」と、ヴィルさんは言ってくれた。
彼はオーディンス副団長から杖を受け取ると、わたしのほうへ向き直り、優しく微笑んだ。
「大丈夫、怖くない。俺とアレンがそばにいるよ」
「は、はい……」
「両手でしっかり持って」
こくんと頷き、杖を右手に乗せてもらうと、上から左手を添えた。