バックステージ
「陛下、神薙様、本日はよろしくお願い申し上げます」
時間管理をさせたら王国一と言われているザマンさんが挨拶をしにきた。打ち合わせで何度か顔を合わせているので、今日は軽い挨拶程度だ。
彼は懐中時計を片手に秒単位で進行を管理している段取り名人だ。滞りなく催しを終わらせたいなら彼の言うことは聞くべし、と言われている。
陛下がこそっと、「実は彼が本物の王で、私は影武者だ」と冗談を言った。
ステージ裏の王は、間違いなくザマンさんだった。
始まるまで少し時間があったので、座って気持ちを落ち着けた。
バタバタの一日を写真で切り取るように頭の中で整理する。
侍女の三人は控え室でゆっくりできているかしら……。
彼女たちはヒト族なので、会場には入れない。警備にあたる第一騎士団も、場内は天人族の騎士に限定されていた。
侍女には明日お休みを取るように言ったけれど、三人とも通常営業すると言って聞かなかった。
明日のお茶の時間は、陛下から頂いた外国のスパイスクッキーの缶を開けてみよう。きっと彼女たちも喜ぶだろう。わたしがガツガツ動かず、お休みの日のように過ごせばいいのだ。お庭でお茶をして、皆でお喋りをしよう。お疲れ様会の企画を立てるのもありだ。
労をねぎらいたい。わたしも癒されたい。
そんなことをボンヤリ考えていた。
周りの騎士もリラックスムードでお喋りをしていた。
ただ、和やかな雰囲気の中に、わずかな違和感がある。彼らがお互いに隣り合って立たないことだった。
彼らはわたしの前後左右に別れて立っていた。
前方にジェラーニ副団長、左側にオーディンス副団長がいた。会場内での人員配置を終えて合流したばかりのマーリス副団長は後ろにいて、右側にはヴィルさんだ。
誰もその位置を動かない。ついでに言えば、離宮を出発したときの配置もそうだった。そこが彼らの持ち場なのだと思う。
しばらくすると、陛下に声が掛かった。
時間管理を極めた男ザマンさんは、「陛下の鐘入りまーす」と言うと、指でカウントダウンを始める。
彼の指がカウントゼロを知らせると、係の人が鐘から下がった紐を一定間隔で揺らした。
カン・カン・カン……
この鐘が鳴ると陛下が出てくるということを皆知っているようだ。
会場内から聞こえていたざわめきがピタリと止んだ。
陛下はこちらを振り返ると、にっこり微笑んだ。そして、「後でな」と言って、颯爽と会場へ出ていく。その後ろ姿を見送った。
次の瞬間、ざわめきとは異なる大きな歓声と拍手が聞こえてきた。出ただけで歓声が上がるなんて、まるで人気アーティストのライブだ。会場のヴォルテージが一気に上がる。陛下・オン・ステージ。
「誇り高き天人族の諸君! よくぞ集まってくれた!」
陛下の大きな声が会場に響いた。
か、かっこいい~っ!
声しか聞こえないけれど、超絶かっこいいです、陛下!
「我が王国に新たな神薙が降り、その正義の杖を振り下ろしたことは、皆も噂に聞いていることであろう。この鐘の音は我らの繁栄の足音である!」
初日に片鱗を見た「イケオジ劇場」だった。
プレゼンの上手い人はたくさん見たことがあるけれど、自然と観衆を惹きつける陛下の語り口調は、それとは全く違っていた。
陛下には、なにか舞台俳優のようなカリスマがある。
わたしが魔導師団から逃げたことが国の膿を出す結果となって、実はわたしの功という扱いになっていた。功を上げると領地などの褒賞がもらえるのだけど、貰っても困ってしまうので、すべて丁重にお断りしていた。
陛下はその話や、昼間のお茶会で外国語をペラペラ喋ってしまったエピソードなどをいくつか披露していた。そのたびに、会場からオオーとかホホウーと感嘆の声が上がる。
わたしの心境は複雑だ。
招待状の文言の件もあり、これ以上ハードルを上げないでほしい(汗)
すごく期待をさせておきながら、「なんだあの『へのへのもへじ』は」と思われたら悲しいし、顔を見た途端に退場する人が出ても困る。
こちらはお天気が悪くなるからという理由で、泣くこともヘコむこともできないのだ。
「神薙様、お願い致します」
「は、はいっ……!」
陛下の一人舞台が終盤に差し掛かり、出番間近となった。
裏方さんがドアノブに手をかけ、いつでも開けられる態勢をとる。
ヤバい、なんかヤバいですっ……
緊張で体が冷たくなってきました。
うう~~っ……
体を固くしていたら、ふわっと何かが肩に触れた。
ん? 何?
きょろきょろすると、犯人はすぐに分かった。
フェロモンまみれの右隣り、ヴィルさんがわたしの肩を抱いていた。
「リア、一緒に逃げようか」
「はああぁぁぁぅ……ッ」
「温かいチョコレートでも飲みながら、二人きりで過ごしたほうが楽しいと思う」
上から激甘ココアパウダー風味のフェロモンがドサドサと落ちてきた。
窒息して死ぬので、さじ加減は控えめでお願いしたいです……。
左から、オーディンス副団長の盛大なため息が聞こえてきた。
「ベタベタ触るな。ここで口説くな。動揺させるなッ」
「出たら触れないし、口説けないだろう」
「そういう話をしているのではありませんっ!」
この超自由人みたいなヴィルさんと、わたしの代弁者であり超マトモなイケ仏様の対戦は、一見殴り合っているようで、どちらのパンチもヒットしていない。
実は遠ーく離れた場所で、互いにあさっての方向を向いて腕をぶんぶん振り回しているだけの永久機関だ。
そうこうしている間に、陛下からお呼びがかかった。