ご親戚
いよいよお披露目会だ。
会場と同じ建物の中にある控え室で、陛下と合流した。
離宮から会場までは、あらかじめ申請しておいた少し特別な通路を通り、王宮の中を上手いこと通り抜ければ良いだけだった。
道中、要所要所にゴリさん騎士団の面々が立っており、ヴィルさんの顔を見るや「あー、お疲れ様っすぅ!」と、『顔パス』で通してくれた。
杖の説明を受けながら、皆と一緒にトコトコ歩いて向かう。気分転換のお散歩には丁度良い距離だった。
着いた先は、楽屋と呼ぶにはだいぶ豪華なお部屋だ。
大きな鏡やクローゼットが置いてあり、バスルームも完備されている。イベントがお披露目会のみだったならば、この部屋を借りるだけでも十分だったと思うけれど、今日のところは待ち合わせ場所としての利用に留まる。
すぐにイケオジ陛下がやって来て、上から下、下から上にと、視線でささっとわたしを撫でる。そして「なんと可憐な」と口元をほころばせた。
お茶会が押してしまったことを気にしていた陛下は、「最高の海の幸を手配した。後日、ゆっくり食事をしよう」と言ってくれた。
わぁい♪
先代の神薙が牧場を所有するほどの肉好きだったせいで、「神薙といえばオニク」というブランドイメージが定着している。こちらに来てから料理人さん達に会えるまでの期間は、毎食がお肉攻撃。そんな肉肉しい日々の反動で、最近、魚介類をチラつかされると嬉しくてシッポをブンブン振ってしまう。
それに、陛下と一緒のお食事は、楽しくて勉強にもなるので好きだ。
「私の分もお忘れなく、叔父上」
ヴィルさんの言葉にギョッとした。
彼は陛下を「叔父上」と呼んでいた。
お、おじうえ?
陛下の御親戚とは聞いていたけれど、そんなに近いご親戚なのですか?
制度がどうなっているかは分からないけれども、国によっては王甥も王子様になるだろうし、普通なら周りから「殿下」と呼ばれるのでは……?
目をぱちくりさせながら、二人の会話に耳を傾けた。
「叔父の小さな楽しみを邪魔するな」
「可愛い甥も楽しいことに飢えているのですよ」
「しかし、お前は海の物が嫌いではなかったか?」
「ああ、それでしたら、もう……」
「克服したのか?」
「いや、大っ嫌いですね」
ゴフッと陛下が吹き出した。
わたしも意表をつかれて椅子から滑り落ちそうになった。
ヴィルさんが顔色一つ変えずに突然面白いことを言ったので、計画的に冗談を言ったのか、それともド天然なのかが良く分からなかった。
「で、叔父上、リアの披露目の件ですが」
「ヴィル、もう観念しろ」
「今からでも中止に」
「大馬鹿者」
飄々とワガママを言うヴィルさんに対し、陛下は終始笑顔でツッコんでいた。
その様子を副団長たちがニコニコしながら見守っている。きっと皆には見慣れた光景なのだろう。
「そういえば叔父上、北の庭園はなかなかでした」と、ヴィルさんが言った。
「なんだ、お前が行ったのか?」
「ええ、リアと二人で」
「なにぃっ?!」
「いやあ、美しかったですよ。リアがね」
「くそっ、私が連れて行こうと思っていたのに!」
悔しがる陛下に、異次元のイケメンがペロッと舌を出した。
悪い人だ……。
ここは絶対王政の国だ。いくら甥とはいえ、国王にマウントを取ったり、舌ペロなんて普通は許されない。
この国は少し変わった国なのかも知れない。
いや、単にヴィルさんが変わっているだけかも? 部下との関わり方も含め、彼は謎だらけだ。
「お前、夜会は行くのか?」と陛下が尋ねた。
ヴィルさんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「行くわけないでしょう?」
「たまには出ろ。いずれ自分の首が締まるぞ」
「俺の代わりにクリスが行きますよ」
「以前とは状況が違う。全部とは言わないが、お前も出るようにしろ。少しは乳兄弟を見習え」
「今夜は大事な用事があります。出るにしても、それが終わった後です」
「まったく……」
天人族だけを限定して集合するのは久々のことらしい。
このお披露目会に参加する人達は、ほとんどが家族やお付きの人を引き連れて王都へ移動して来ている。関係者まで含めると相当な人数が押し寄せたことになる。
お披露目会の前後には、王宮主催のお茶会、立食パーティーに晩餐会、ヒト族の貴族も交えての夜会など、王都内では様々な催しがあるそうだ。
翌日以降も、個人単位での懇親会や同窓会などで王都内の飲食店は予約が一杯。個人主催の舞踏会も企画が目白押しで、商人街は活気づいているとのことだった。
このまま冬の社交シーズン(?)というものに入るのだと、侍女の三人は言っている。
オルランディア初心者のわたしには、とにかく分からない用語と習慣が多すぎて、社交シーズンに何をするのか、イマイチよく分かっていない。なんとなく「盆暮れ正月が一気に来ちゃった感じ」をイメージしているのだけれど、もしかしたらそれも少し違っている可能性がある。
新しい神薙の経済効果と、陛下は褒めてくれている。
実感はないけれども、もし、わたしのお披露目がきっかけで王都が盛り上がっているのなら、それは光栄だと思う。
「陛下、神薙様、よろしければ、ご移動をお願い申し上げます」
お披露目会の進行管理をしている文官が呼びに来た。
言われたとおり、皆でぞろぞろと移動する。行き先は、会場とドア一つ隔てたお部屋。いわゆるバックステージだ。
会場に繋がるドアの向こう側からは、大勢の人のざわめきが聞こえていた。