大荒れ §4
「ヴィルさん……まさか、周りに話したのですか!?」
『北の庭園』は厳重に守られている特別区域だ。近くには誰もいなかったし、自ら漏らさないかぎり、プライベートなことを他人に知られるわけがない。こんな身近な人に話すなんて……信じられないっ。
――ヴィルさんのオバカっ、お豆腐の角にぶつかっちゃえっ。ひどいひどい、あんまりだ。
無意識のうちにイケ仏様にしがみついていた。こんな精神状態で大勢の前に出られるのだろうか。
部屋には冷たい風が吹き荒れている。寒さで震えていると、イケ仏様が包み込むようにして「リア様、私がお守りしますからね」と言った。
彼は本当にいい人だ。でも、寒い日の魔力漏れは「温風」にしてほしいと心から願わずにいられない。
「アレン、よせ。風を止めろ!」
「団長にリア様はお任せできない! 私だって、好きでこのおかしなメガネをかけているわけではないのですよ!」
おお、どうか鎮まりたまえ、イケ仏よ。そろそろ凍えそうです。
「悪かった。お前には感謝している。しかし、風はよせ。リアの髪が乱れるし、風邪を引く!」
ヴィルさんの説得もむなしく、風は次第に強くなっていく。
事態に収拾をつけるべく、わたしは助っ人を呼んだ。
「じぇ、ジェラーニ副団長、助けて……タスケテクダサーイ」
ドア越しにダンディーへ助けを求めると、彼は軽やかに応接室へ入って来た。
全体を眺めて沈黙している。でも、わたしが知るかぎり、彼は騎士団きっての大物だ。何が起きても、ちょっとやそっとでは動揺しない人だった。
「ブハッ、ハッハハハハッ!」
さすが……。彼にはこのカオスが「愉快な状況」に見えるらしい。事態を把握した途端に笑い出したかと思うと、その勢いで混乱を収めにかかった。
怒り狂うホトケからわたしを引きはがし、ヴィルさんの前にポンと置く。ヴィルさんはわたしを胸に収納。
「ヴィル、残り五分で何とかしろ。いいな?」
「わかった。ありがとう、フィデル」
彼は上司を呼び捨てにした挙げ句、指をさして命令口調だった。
素早く寒風の主に向き直り、子ネコを運ぶ母ネコのように襟をつかむと、「よーしよし、いい子にしろ~」と優しくなだめながら、イケ仏様を連れて部屋を出て行く。
イケ仏様は「あいつマジで最悪だよっ」と、子どものようにプリプリ文句を言いながら、おとなしく連行されていた。まるで兄に友達の悪事を言いつける弟のようだ。
――こ、この人たちの関係って、いったい……。
すでに頭が大混乱状態にあるわたしを、彼らはメチャクチャな上下関係によって、さらに混乱させる。
陛下と親戚の団長、侯爵嫡男のイケ仏様、そして子爵嫡男のダンディー。この状況で、どうしてダンディーが最強になるのだろうか。
「リア、すまない。俺が愚かだった」
ヴィルさんはわたしを温めながら言った。
次から次へとありすぎて、最初のほうの「実はヴィルさんが団長だった事件」の印象がすっかり薄まってしまい、すでにどうでもよくなっている。
普通、こういう出来事はもっとドラマティックに話が進むものなのでは?と思うものの、現実なんてこんなものだ。
「あとで説明をしてくださるのですよね……?」と尋ねた。
「する」と、彼は答えた。
「高価なお飾りをありがとうございました」
「うん。とても似合う」
「えっと……ティアラも着けてから行くのですよね?」
会話が上手くつながらない。「どうしたのだろう」と思い、彼を見上げた。そして後悔した。
焼けつきそうな視線がこちらに向けられている。
イケ仏様からは解放されたものの、単にレーザー照射器の前から、火炎放射器の前に場所が変わっただけ。丸焼きの運命から脱せていないことを悟った。
「そ、その、杖についての説明というのは?」
「きれいだ……」
ヴィルさんは甘ったるいため息をついて「誰にも見せたくない」とつぶやいた。
本日のメインイベントはお披露目会。わたしを包む何もかもが「見せる用」だというのに……。
「リア様、お時間です」と声がかかった。
ぞろぞろ人が入ってきても、ヴィルさんの収納技は解けない。
ジタバタもがいていると、メガネを装着したオーディンス副団長がすごい形相で近づいてきた。彼のおでこに青スジが立っている。
「神薙にベタベタ触るな!」
彼はベリッとはがすようにわたしをヴィルさんから引き離した。
待ってましたとばかりに侍女長が飛んできて、ティアラを着けてくれる。
ようやく、お披露目会用の神薙様が完成だ。
またヴィルさんがセクシーなため息をついている。
「参加人数は?」彼はこちらに手を伸ばしながら尋ねた。
イケ仏様がその手をはたき落とし、「六百三十八人です」と答えた。
「中止にできないのか」と、たたかれた手の甲をさすりながらヴィルさんはつぶやく。
「バカじゃないですか?」と、ホトケは食い気味に突っ込んだ。
団長と副団長の上下関係は謎だらけだった。
「団長がアホなせいで、杖について説明する時間がなくなりました」
イケ仏様は依然としておかんむりである。
「歩きながら話せばいいだろう?」
こんなに周りを怒らせておきながら、ヴィルさんは一人でニコニコしていた。おそらく、彼の心臓は鉄か鉛でできている。
「そういうところですよ、他人の気持ちがわからないと言われるのは! やることなすこと、すべてリア様の負担になっているのが、なぜわからないのですか!」
イケ仏様は拡声器のようだった。わたしの不満をすべて「思っている三倍ぐらいの強さ」で代弁してくれるおかげで、多少気になることがあってもストレスにならない。
ヴィルさんにはいくつか聞きたいことがあったけれど、もう会場へ移動する時間が迫っていた。
「アレン、今日はそのばかげたメガネは外せ」と、ヴィルさんが言った。
人と仏像の間を行ったり来たりできるのだから、確かにばかげたメガネではある。
「自分で支給したくせに」とブツブツ言いながら、イケ仏様はメガネを外して再びイケメンに戻った。
「リア、歩きながら『杖の試練』について説明するよ」と、ヴィルさんは言った。
返事をすると、彼は「ん」と肘を出した。
いつもわたしをエスコートしてくれるイケ仏様は、『神薙の杖』が乗った赤いベルベットのクッションを持っている。どうやら彼は国宝担当らしい。ジェラーニ副団長は部下へ指示を出す係だ。
わたしは、この応接室で起きたすべての混乱を、いったん胸にしまい込んだ。
この日のために、皆でトラブルを乗り越え、準備をしてきたのだ。お披露目会に集中しよう。
大きく深呼吸をすると、ヴィルさんの腕に手を伸ばした――