使命 §2
「リア様は天啓を受けておられないうえ、事件に巻き込まれたのです。ましてや先代のような方でもありません。こちらはおわびをしてお願いをする立場です。言葉を選ばねばなりません」
くまんつ団長は、わたしの代わりにガツンと言ってくださった。
うれしかった反面、少しハラハラしていた。国家元首にこんなことを言って、彼の立場が危うくなったりしないだろうか。しかし、それは杞憂だった。
陛下は顔をしかめると「すまない、リア殿」と言った。「どうも前の神薙と話すときのクセが抜けない」
「は、はあ……」
どうやら神薙さんとイケオジ陛下は仲が悪かったようだ。
くまんつ団長は少しホッとしたような表情を浮かべた。
「茶でも飲んで、少し落ち着こう」
部下が戻るのを待たずに、陛下のプライベート用のサロンへと移動することになった。
移動の際、くまんつ団長にお礼を言うと、彼は穏やかに微笑んだ。
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陛下のサロンは、王の権威と富を感じさせる部屋だった。
ゴージャスなシャンデリアが煌めき、天井には精緻な金の装飾。床にはフカフカで大きな高級絨毯が敷かれ、豪華なソファや肘掛け椅子が置かれている。壁には巨大な絵画が金の額縁に入って飾られていた。
そんな部屋で陛下と向かい合わせに座った。座り心地の良いソファーだ。
すぐに温かい紅茶とお菓子が出てきて、お部屋に良い香りが漂う。
くまんつ団長は陛下の斜め後ろに立っていた。
「リア殿、この国にはどうしても神薙が必要だ。神薙なしには国が成り立たない。国どころか大陸すら成り立たないのだ」
陛下は深刻な顔をしている。
彼らは召喚という名の拉致行為をやめるわけにはいかず、数十年に一度のサイクルで繰り返しているそうだ。
「今回の当たりクジを引いてしまったのがリア殿というわけだ」と陛下は言った。
わたしとしては「大はずれクジ」なのだけど、あえて指摘はしなかった。
今までここに召喚された人たちは「天啓」というものを受けていて、諸般の事情や条件を承知のうえで来ていたらしい。
「だから帰りたがる人がいなかった」と、陛下は言った。
拉致するほうもヒドイけれど、連れてこられた人たちの思考も少し変わっている。
すべて失くしてもケロッとして新しい生活をしていたようだから、世捨て人や、生きることに疲れているタイプの人だった可能性がある。
なぜわたしには天啓がなかったのか、それは誰にもわからないそうだ。
陛下いわく「神薙の召喚は国民の幸福のため」とのことだ。
しかしこの先、国民の皆さんからどんなに感謝をされようとも、わたしの失ったものは大きすぎて割に合わない。
おそらく今頃、父はひどく動揺しているし、母は泣き叫んでいる。兄が一番大変かも知れない。大騒ぎする両親を一人でケアしなくてはならないのだ。想像しただけで変な汗が出てくる。
くまんつ団長が心配そうな顔でこちらを見ていた。
せめて、今思っていることは伝えておこう。
ささやかな幸せを感じていた日本での暮らしについて話した。
今日この国に何もかも奪われた。「帰れない」とは、つまりそういうことだ。
悲しくて腹立たしい。家族の気持ちを考えると、生きている心地がしない。
願わくはすべて返して欲しい。それができないのなら、これ以上わたしから何も奪わないでほしい。
途中で感極まって泣いてしまったし、感情が先走ってしまって、あまり上手く話せなかった。
彼らがどのように受け止めたのかはわからない。しかし、二人は明らかに怯えた顔でわたしの話を聞いていた。陛下の顔は凍りついたように真っ青だったし、くまんつ団長はカチカチに凍ったホッキョクグマになっていた。
それを境に陛下の態度が劇的に変わった。たぶん、わたしの思いが伝わったのだろう。
陛下はきちんと謝罪をしてくれた。
それによって状況が良くなるわけではないけれど、ゴメンネの一言があるのとないのでは、こちらの気持ちが全然違う。
くまんつ団長はわたしのそばに跪いて、ハンカチで涙を拭いてくれた。本当に優しい人だ。
静寂を破ったのは、陛下がおいてけぼりにしてきた部下が走ってくる足音だった。
バタバタバタバタ……
ドカンッ! どこかにぶつけた音だ。
「おあっ!」 痛そう。
バァン! ドアが開いた。
騒々しくサロンに駆け込んできたオジサマを見て、くまんつ団長は「あ、宰相」と言った。
宰相は痛そうに顔をしかめ、肩で息をしながらこちらへ向かってくる。
陛下に比べると小柄で細身。クレバーな雰囲気を醸し出している方だった。
「神薙様ッ!!」
「ひ……っ」
宰相はわたしの前に滑り込むようにして膝をついた。
その外見からは想像がつかないほど声が大きい。思わずくまんつ団長の太い腕につかまってしまった。
「この度の魔導師団の不祥事! 誠に、誠に! 申し訳ございませんっっ!!」
初対面でまさかのスライディング土下座だ。オデコがふかふかカーペットに埋もれている。
くまんつ団長はハンカチでわたしの涙を押さえながら、サッと宰相から目をそらした。
「見てはいけないものを見てしまった」と顔に書いてある。
「やれやれ。うるさくて申し訳ない。宰相のビル・フォルセティーだ。これでも普段は冷静で、私の良き右腕なのだが、今日は大変な一日だった。彼もいっぱいいっぱいだ」
イケオジ陛下は少しあきれ気味に宰相を紹介してくれた。
わたしが引きつりながらハジメマシテの挨拶をしている間も、宰相のオデコはカーペットに刺さったまま。さすがに「もういいですよ」と言ってあげたくなる。
ガバァッと頭を上げた宰相は、陛下に向き直ってバーッと早口で報告を済ませると、再びわたしのほうを向き「本当に申し訳ございません!」と頭を下げた。
わたしを監禁しようとした人たちは、くまんつ団長の判断で口裏を合わせられないよう全員が独房に入れられた。すでに取り調べが始まっていて、宰相はその陣頭指揮を執っていた。
新聞社に対する情報統制についての話もしていたので、わたしはそこそこセンセーショナルな事件に巻き込まれたのかも知れない。
宰相の見事なスライディング土下座は、取り調べの過程で判明した諸々を踏まえてのおわびだった。
「大臣がこぞって魔導師団を潰せと言ってきております」と、宰相は言った。
「構わん。すべて吐かせてから潰せ。私も神薙も、あやつらを必要としていない」と、陛下は答えた。
くまんつ団長は二人の会話を聞いて目をまん丸にしている。
「奴らは二度とそなたに危害は加えられない。安心しなさい」と、陛下は言った。
「――ところで、わたしをここに連れてきた目的はなんですか? 神薙というのは何をする人なのですか?」
神薙がいないと国が成り立たないと言うくらいだ。何かやらせたくて喚んだはず。しかし、この状況で使役されるのは歓迎できない。
わたしは穏やかに普通の暮らしがしたい。
家族のことを思い出すと心が不安定になるのが自分でもわかる。気をつけないとメンタルヘルスをやられる。
なにしろ馬車が走っている国だ。日本と比べて不便な生活になることはほぼ確実。今までとまったく同じ仕事があるとも思えない。それならどこか静かな場所で穏やかに暮らしたい。
東京では実現できなかったスローライフ、子どもの頃の夢だったクレープ屋さんやカフェ経営など。何か新しい挑戦をしながら、多少は「来て良かったかも」と思えることを見つけなくては。
チラリと上目遣いでイケオジ陛下の様子をうかがった。
伝われ……。頼むからこれ以上、変なことは言わないで。