大荒れ §1
お披露目会 当日の朝――
オーディンス副団長は皆を集め、爽やかな声で「おはよう、諸君」と言った。
「本日は戦である。ここにいるだけでも一個小隊ほどの人数だ。指揮系統を明確にしておきたい。本日の少尉は、侍女長フリガ・バークレイ子爵令嬢とする」
突然の指名に侍女長が「へええぇっ?」と驚きの声を上げた。
「本人に打診せずに任命するなんて、ひどい将軍だ」
部下から容赦ないツッコミが入ると、張り詰めていた空気の糸がぷつりと切れた。どよめきと笑い声が広がり、皆の硬く結ばれていた口元はほころんで肩の力が抜ける。
皆をリラックスさせるためのジョークだった。
「少尉は冗談だが、半分は本気だ。彼女からの依頼および指示は、神薙のそれと同様に最優先とする。皆、大変な一日になるだろうだろうが、一人で苦しむな。困ったら近くの騎士に相談してほしい。互いに支援し合い、最善を尽くして戦おう!」
うおおー! という騎士の雄叫びとともに、激動の一日が幕を開けた。
予定は、正午の少し前からランチの会食、午後がお茶会、そして夜がお披露目。すべてドレスとヘアメイクを変えなければならない超過密スケジュールだ。
この日のために王宮の離れ(敷地内にある小離宮)をお借りし、前日から身内を引き連れて乗り込んでいる。
時間内に支度を済ませるためのリハーサルは入念に繰り返され、侍女たちによるお色直しも、騎士団による警護や、高価な品の運搬も、すべて綿密に計画されていた。誰にとっても失敗できない一日になる。
準備の段階から皆の士気は高く、リハーサルの最後は全員で円陣を組んだ。
「明日は一丸となってがんばるぞ!」
「うおー!」
騎士が多いせいか、すっかりノリが体育会系に……。しかし、貴族令嬢である侍女や、メイドたちまで楽しそうに「うおー♪」と、かわいい雄叫びでシメていた。
そうして迎えた最初のイベントは「オジサマたちとのランチ会」だ。
見るからに位が高そうで、なおかつお金持ちそうなオジサマが五人現れた。
なんとか大臣、なんとか伯爵……名前はちっとも頭に入らないけれど、ざっくり言えば陛下のご学友イケオジ軍団だ。
唯一、すぐにわかったのはオーディンス総務大臣だった。何を隠そう、イケ仏様のパパである。
メガネを外した彼とよく似ていて、声もそっくり。未来のイケ仏様が透けて見えるようなシュッとしたハンサムおじさまで、感じの良い方だった。
日頃、陛下はずいぶんと周りにわたしのうわさ話をしているらしい。そのせいか、わたしはオジサマたちから猫かわいがり状態に。
大臣が数人いると聞いて緊張していたのに、実際はオジサマたちの同窓会にお邪魔したような感じだった。食後のお茶が出てきた頃には「若気の至り暴露大会」と化しており、会場のダイニングには豪快な笑い声が響いていた。
お開きの時間が来ると、「そろそろ大臣のフリでもするか」などと冗談を言いながら、皆さん仕事場へ戻って行く。
陛下は優しくわたしの肩を抱くと「もし、私に何かあったときは彼らを頼りなさい」と言った。その時、陛下が仲間にわたしを紹介するための食事会だったのだと悟った。
しかし、残念ながら、その優しさや感謝の気持ちに浸る時間がない。間髪入れず、お茶会の支度に取りかからなければならないのだ。
「よし、次!」
急ぎ足で控え室へ戻ると、待ち構えていた侍女とメイドが一斉に動き出した。
淡い青のドレスに着替え、髪型をハーフアップに変更したら、陛下から贈られたブルートパーズのネックレスと、それに合わせたヘッドアクセサリーを着ける。
このヘッドアクセサリーが最大の難関だった。仕様に問題があり、装着が難しいのだ。三人いる侍女のうち、二人がそれにかかりきりになるから、わたしも自分でイヤリングを着けたり口紅を塗ったり、届く範囲で手を動かさなければ間に合わない。
「どうだ? 出られそうか?」と、この難関ポイントを心配していた陛下が迎えに来た。
「あと二分お待ちください陛下!」
「は、白熱しとるな……」
侍女長の全身から立ち昇るオーラに陛下が気圧されている。
オーディンス副団長いわく「侍女長のアレは闘気」とのこと。だから「少尉に任命」などという冗談が飛び出したのだろう。
「できました!」
どうにか予定どおりの時間に控え室を飛び出した。
陛下と手をつなぎ、小走りで会場へ向かう。無事ゴールテープを切ると、まさか手をつないで現れると思っていなかった来賓から歓声が上がった。
口には出せないけれど、すでにヘバってきている……。こんなことで一日持つのだろうかと不安に感じ始めた時、思わぬ事態が発生した。
「お会いできて光栄です」
目の前にいる人がそう言った。ナントカ王国から来た、王弟殿下のナントカさんだ。隣に通訳の人が立っている。
――通訳を介していないのに、相手の言っていることがわかるのはなぜだろう???
「は、初めまして。こちらこそお会いできて光栄です」
わたしが答えると、相手と通訳の目が皿のようになった。
「オルランディア語以外もわかるのですか!?」
皆の視線が一斉にこちらへ集まる。
「ど、どうなのでしょう……たった今それがわかったところなので、中にはわからない言葉もあるかも知れません」
わたしのこの発言のせいで、お茶会は一気にヒートアップ。
「リア様のわからない言語はあるのか」と検証が始まってしまった。
来賓全員と会話を交わした結果――わたしは誰とでもネイティブレベルで会話ができるらしい。
いわゆる「異世界転移チート的なもの」である可能性が高いけれど、それをわたしに説明できる人は誰もいない。
「どういうことなのだろ??」と、ひとりつぶやいて終わりだ。
天啓(※神様による事前説明)がなかったので、こうして「判明しては受け入れる」の繰り返しをする以外になかった。
「そんなことより! そんなことよりも……っ!」
検証大会のせいで、お茶会の終了時間が三十分も押してしまったことのほうが重大だ。
――大変大変! 今日は時間がないのに~っ!
半べそをかきながら、競歩ばりの早足で控え室へ戻る。わたしをエスコートしているオーディンス副団長の顔にも焦りが見えた。予定は分刻みでカツカツなのだ。この三十分のロスは痛い。
取り戻すには何かをあきらめるか、短縮しなくてはならない。最も手っ取り早いのは夕食をあきらめることだろう。腹ペコでメインイベントとは切ないけれど、それも致し方なしだ。