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告白

 馬車の手前でくまんつ様と軽く立ち話をしながら、ヴィルさんを待っていた。

 第一騎士団は、すでに出発の準備をほとんど終えている。


「部下のわがままを聞いていただき、感謝しています」

 彼が頭を下げたので、慌てて「とんでもありません」と答えた。

「こちらこそ、それにつけ込むようなお願いをしてしまって……。本当は、もっと簡単なことを頼むつもりだったのです」


 くまんつ様は少し顔を赤らめ、せき払いをした。

「リア様に頼られることは、私にとってこの上ない喜びです」


 そんなふうに言われると、恥ずかしくて隠れてしまいたくなる。

 まさか彼らに孤児たちの世話を頼むことになろうとは思いもしなかった。

「ありがとうございます。恐縮です」

 お礼を言って熱くなった顔を下に向けた。


 少しの沈黙のあと、くまんつ様が言いづらそうに口を開いた。

「本来なら、このような場所で申し上げるべきではないのですが……なかなかお会いできる機会がないので、どうか無礼をお許しください」


 何だろう、と首をかしげると、彼は真っすぐにこちらを見て話を続けた。


「初めてお会いした日から、ずっとお慕いしております。あの日から、私はリア様のために生きると決めました。どうか、またこのようにお目にかかる機会を頂けると幸いです」


「え……?」

 お慕い……? わたしのために生きる……?


 わたしは自意識過剰になっているのだろうか。

 まさか、これって、告白……!?


 彼の青い瞳が、真剣な光を宿してわたしを見つめていた。

 その熱いまなざしに、血が一気に沸騰し、全身がカッと熱くなった。

 ど、どうしよう……なんてお返事をすればいいの……?


「リア、待たせてすまない! 急ごう!」

「んきゃああぁッ!」


 突然、ヴィルさんの声が響き、思わず飛び上がった。

 彼はニッコリさんとの話を終え、小走りでこちらへ向かってくる。

 心臓が暴れ、背中に変な汗がにじんだ。息がうまく続かない。


「す、すみませんっ、わたし、あの……」

「どうした? 顔が赤いぞ」と、ヴィルさんがのぞき込んできた。

「そ、そんなことはなくて……っ」

「ん? ……あっ、しまった! 俺が邪魔をしたのか! すまんっ!」

「ちっちちち違っ……!」


 婚約中の身でありながら、別の男性から告白されて真っ赤になっているなんて。

 本来なら浮気を疑われてもおかしくない修羅場なのに、婚約者のほうが謝って遠慮しているって、いったいどういう状況……? これだから、一妻多夫制はわけがわからない。


 わたしはいったい、誰に対して謝っていて、何に対して「違う」と言っているのだろう。

 いっそ「俺以外の男と何をしているんだ!」とでも怒ってくれたほうが、よほどわかりやすいのに……(泣)


 手の甲まで真っ赤になってプルプルしていると、くまんつ様がふっと笑った。

「リア様、またお会いできるのを楽しみにしております」

「はわ、あ、あぅ、ありがとうございます……!」


 完全にオーバーヒートだ。頭から湯気が出そう。


 馬車が動きだし、皆の姿が見えなくなると、思わず両手で顔を覆った。

 淑女教育で習ったとおり、小さくおててをフリフリしながらお別れをしたけれど――もう、もう……もう限界!


「ンアアァァァァアッッッ!!」

 わたしは心の中で絶叫した。


「真っ赤だぞ、リア」と、ヴィルさんが茶化すように笑っている。

「やめて、やめてぇ~!」

「クリスに何を言われた?」婚約者がニヤニヤしながらからかってくる。

「い、言えません、そんなの……!」

「あいつのことだから、本当はもっと雰囲気のいい場所で言いたかったのだろうな。会える機会が少ないから致し方ない。許してやってくれ」

「許すも何も……」言葉が詰まった。

 雰囲気のいい場所であんな告白をされたら、余計にどう反応していいかわからなかっただろう。


 彼は満足げにうなずくと「やっとリアがクリスを男として見てくれた。実に喜ばしい」と言った。

 大らか過ぎる婚約者を前に、わたしの罪悪感は空回りするばかりだ。


 でも、くまんつ様らしい、真っすぐで誠実な告白だった。男らしくて、ドキドキしたのも事実だ。

 だけど――わたしには、もう婚約者がいる。


「わたし、どうしたらいいのでしょうか……」

 それを本人(=婚約者)に聞いてしまうあたり、我ながらどうかしている。

「王宮についたら、茶でも飲んで落ち着こうな」と、ヴィルさんは言った。彼はずっと落ち着きすぎだ。


 靴を脱ぎ、体育座りでふてくされていると、彼は楽しそうに笑った。

「リア、馬車が揺れると転がり落ちるぞ」

 ――いっそ転がり落ちたい。

 穴があったら入りたいし、箱があったら隠れたい。溝があるならはまっていたいわ。


 窓のカーテンを少し開けると、白馬にまたがったアレンさんが見えた。

 彼はこちらに気づき、にこりと微笑んでウィンクをした。

「ぐはっ!」格好良すぎて目が潰れる……。

 わたし、よくこんな世界で無事に生きていると思う。本当にエライ。


「わたしの母国なら、婚約者が怒って殴りかかる場面なのですよ? もしくは、わたしに文句を言うとか」

「んー? なんだ、俺とケンカがしたかったのか?」

 ヴィルさんは笑いながら、わたしの背中に腕を回した。

 相変わらず、乙女心をちっともわかっていない。


「嫉妬する男なんて鬱陶しいだけだろう?」

「それはそうですけれど……」

 しかし、ほんの少しの嫉妬なら恋のスパイスだ。

 ヴィルさん。たまにはピリッとしてもいいのですよ?


「陛下とお義父様には内緒にしてくださいね」とお願いした。

「なぜ?」と、彼は不思議そうな顔で手の平を見せている。

「また皆で寄ってたかって『二人目の夫に』って言うでしょう?」

「リアがその気になるまで、誰も無理強いはしないよ」

「……本当ですか?」

「ああ。俺もそれまでは独り占めするつもりでいる」

「その調子で一生、独り占めしてみませんか?」

「それは無理だ。お互いの命に関わるからな」

 しくしくしく……。


 夫を選ばなければ殺されると言われてヴィルさんを選んだのに、今度はヴィルさんが「二人目を選ばなければ殺される」と言う。

 くまんつ様を二人目に選んだら、今度はくまんつ様から「三人目を選ばなべば……」と言われかねない。

 嗚呼、わたしが殺されない世界は、どこにあるのだろう。


 体育座りのわたしを乗せた馬車は、パッカラパッカラと小気味よい音を立てながら王宮へと向かった。


 その後、関係者を集めての話し合いは深夜にまでおよび、結局わたしたちは王宮に二泊して話を詰めることになったのだった。


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