教会 §2
教会の中に入ると、ひんやりとした空気が頬に触れた。ぶ厚い石造りのせいなのか、外よりも気温が少し低いように思える。
正面奥に大地の龍、左に神狼、右に聖女像があった。西の聖女様は結構なお年だと聞いた気がするけれど、聖女像は若い頃のお姿だった。長いストレートヘアで線の細い美しい方だ。
龍よりも高い位置に、太陽神のシンボルがあった。神と三使徒の力関係もわかりやすい。神と最も近いのが守護龍で、その両脇に神狼と聖女という立ち位置だ。
ほとんどの長椅子が壁に押しつけられていて、その一部はベッドや物置として使われていた。椅子をどかして作った広いスペースが子どもたちの遊び場で、使い古した小さなおもちゃが二つ転がっている。
庭に出る裏口近くに作業用の大きなテーブルが置かれており、たらいとまな板、包丁が置いてあった。どうやらそこが即席のキッチンになっているようだ。
「よい子の皆さん、こんにちは。わたしの名前はリアです。今からご飯を作りたいと思います。お手伝いをしてくれる人はいますかー?」
小さな子どもたちがキラキラした目で「するー!」と言ってくれた。なんていい子たちだろう。
「よーし、全員こちらに手を出せ」
ヴィルさんが皆に【浄化】をかけていくと、彼らは「魔法だ!」「すごい!」と大はしゃぎ。
ところが、サナだけは反応が違った。テオの腕を引っ張り、小声で何かコソコソ話している。
テオがアレンさんを指さして「え? あの人もそうだよ?」と返すと、彼女は「バカ!」と言って慌ててその指を引っ込めさせた。
どうやら彼女は「魔法を使う人は、天人族で貴族だ」ということがわかっているようだ。
お手伝いができるのはテオとサナを含めて四人。
一番年下の二人はおそらく双子で、やる気だけは十分だったものの、残念ながら「あんたたちは遊んじゃうからダメ」と、サナが戦力外通告を出した。
たらいに水を入れ、お手伝い組にキャベツや人参の洗い方、玉ねぎの皮むき作業を教えてゆく。包丁を使う作業はわたしの担当だ。
彼らが踏み台として使っているのは、かつて神聖なものが置かれていたであろう木の飾り台や、ありがたい教えが書かれていそうな高級書籍だ。
「本や大切なものを踏んではいけないよ」と教えたいところだけれど……今は生きることを優先しよう。足げにしても神様は目をつぶってくださるだろう。
まだ調理のお手伝いができないキッズは、アレンさんをターゲットに決めたようだ。遊んでもらおうと、足にしがみついたり手を引っぱったりしてじゃれている。
彼が子ども好きなのは少し意外だったけれど、ちびっ子二人に話しかける時の優しい笑顔が尊い……。
「高い高い」をしてもらった男児は「もう一回」とアンコールをしていた。なにせ王国でトップクラスの「高い高い」だ。物理的な高さもさることながら、後ろにある聖女像は彼の実母をかたどったもの。神聖さが群を抜いている。
テオは「ここに神様はいない」と言ったけれど、密かに西の聖女様につながる人は来ているのだ。
「リア、薪の在庫が思っていたより少ない」
外でテオの面倒を見ていたヴィルさんが、顔をのぞかせた。
「燃料不足ですか……」
思わぬ事態に、スープ用の野菜をさらに細かくカットし、大鍋に入れて軽く塩もみした。しんなりさせて火の通りを早める省エネ対策だ。どうせ後から塩は入れるし、野菜から出た水分ごと煮れば美味しいスープができる。
必要な食材を持って庭へ出ると、そこは草と塀に囲まれた「四角い野原」だった。外なのに開放感に乏しいのは、伸び放題になった雑草のせいだ。
「火も大変だが、最大の問題は水だ。この区画は下水道こそ通っているが、上水道がない」と、ヴィルさんは厳しい目で言った。
「中に汲み置きの水がありましたけれど、あれはどこから?」と首をかしげた。
「ここから数百メートルの場所に井戸がある。テオは薪割りと水の調達に一日の大半を費やしているようだ」
六人が生きていけるだけの水を手に入れるためには、一日に何往復もしなければならない。細い体で水を運んでいたのかと思うと胸が苦しくなる。
「帰る直前に魔法で水を貯めてやるから、明日の分までは問題ない」
彼は魔法で火を点けると、薪の位置を調整した。
サナがやや緊張した表情で彼の様子を見ている。その視線に気づいたのか、彼はサナに話しかけた。
「リアの料理は美味いし、甘い果実もある。テオに遠慮せず腹いっぱい食べるよう伝えてきてくれるか」
彼女は一瞬戸惑いの表情を見せたものの、うれしそうにテオのもとへ走って行った。
ヴィルさんはわたしを手招きすると「サナには近づきすぎないようにしてくれ」と小声で言った。ほかの子は見るからに孤児だが、彼女だけは教育を受けた気配があると言うのだ。
「まさか、家出とか?」
「そこまではわからないが……貴族でも借金で首が回らなくなって没落する家があるくらいだ。平民なら子どもを置いて夜逃げをしたとか、その手の話はいくらでもある」と彼は言う。
子どもたちとは適切な距離を保って欲しいと言われたので了承した。
庭のテーブルでサンドウィッチを作っていると、アレンさんの「高い高い」をおかわりしていた男児がスカートにまとわりついていた。
モジモジしているので試しにいくつか質問をしてみたところ、思いのほかよく話す。ほかの子たちも混ざり、わちゃわちゃトークが始まった。
下は四歳、上は十歳まで。よほど上の二人がしっかりしているのだろう。こんなタフな状況にいるとは思えないほど、素直で良い子たちだ。
一番下の二人は予想どおり双子で、甘えん坊な兄はディーン、元気の良い妹はロリーと言った。
その上が小さなイケメン、六歳のショーン。弱冠六歳にして、もうモテ男の匂いがする末恐ろしい子だ。
その一つ上が、内気な少女エッラ。ロリーとエッラの二人は、ちゃんと膝が隠れるワンピースを着ている。
テオが九歳。そして、ヴィルさんに怪しまれるほどしっかりしているサナが十歳で最年長だった。
ただし、自分の誕生日を正確に答えられた子は一人もいなかった。
昼食が完成する頃になると、団員たちの草むしりが功を奏してだいぶ視界が開けていた。
テオが言ったとおり、教会にはなぜか食器類とカトラリーがが豊富にあり、大きな鍋もある。庭の広さに対して焚き火台とテーブルが大きいところを見ると、昔、炊き出しをしていたことがあったのかもしれない。そのおかげで全員テーブルにつくことができた。
「では皆さん、頂きましょう。おかわりもありますからねー」
子どもたちは「やったー!」と拍手して喜ぶと、無我夢中でサンドウィッチを頬張った。デザートの桃まできれいに平らげると、しばらく満腹で動けなかった。
食後、少し落ち着いてからテオとサナを教会の中に呼び、今、六人がどういう状況にあるのかを尋ねた。
「最初はみんな同じ所にいて――」と、テオがぽつりぽつりと話し始め、足りないところを(かなりの範囲を)サナが補足した。
彼らの話によれば、もともと六人は同じ孤児院で暮らしていたそうだ。しかしある日、テオが異変に気づき、皆で逃げ出したと言う。
テオの話を要約するとこうだった。
夜間に友達が数人いなくなる出来事が二度あった。それはいずれも第七日(※こちらの暦で日曜日)に起き、友達はそれきり戻らなかった。
テオはいなくなったお友達と、裏の林へ「虫取り」に行く約束をしており、翌朝の朝食が終わり次第、連れ立って出かける予定になっていた。誘われたのは前日の夕方。直前に約束をしていながら、真っ暗な夜中に自分から出ていくわけがないと彼は言う。
「誰かに連れて行かれたと思った。その次の第七日には別の友達がいなくなって……次はオレかもって思った」と、テオは力を込めて言った。
彼はサナだけにその話を打ち明けると、彼女はほかにも急にいなくなった友達がいることを彼に話した。
「逃げよう」と、二人の考えは一致した。
彼らがいた孤児院の名称や場所はわからないものの、サナは「カメリアの花がたくさん咲いている教会の中にあった」と言った。
二人は仲の良かったほかの四人を誘って孤児院を抜け出し、たくさん歩いた末に東四区の教会にたどり着いた。
孤児院は併設されていなかったが、教会を管理している人物が許可したらしく、住みつくことができた。
信者として通って来ていた家族が、最低限の面倒を見ていたらしいが、その信者たちが来なくなった日を境に、管理人と思しき人物の足も遠のき、やがて誰も来なくなった。
最後に信者と会った日、「元気でね」と言ってお金を少しくれた。テオがパン屋で握りしめていた硬貨は、その時にもらったお金の残金だった。
誰も来なくなったのは「暖かくなり始めた頃」だというから、まだそれほど長い期間は経っていない。服や靴は信者が来ていた頃から満足なものはなかったのだろう。
わたしは二人の話を聞きながら、何度も深呼吸をした。やり場のない思いがみぞおちあたりで渦巻き、むかむかとした吐き気に変わった。
服や毎日の食事はどうにかできるとしても、早急に彼らの住む場所を探さなくてはならない。それから、彼らが前にいた教会も気になる。
アレンさんを見ると、ものすごい速さで手帳にペンを走らせていた。
「テオ、遊ぼう~?」とディーンが呼びに来たので、二人を庭へ送り出し、取り急ぎヴィルさんとアレンさんの三人で話すことにした。




