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ソルティードッグ §3

「早急に手を打とうとしたのですが我々の力だけではどうにもならず、領主様のお力添えをお願いしたく……」

 市長さんの使いでやって来た市役所の人は、恐縮した様子で言った。

 市内で『グレープフルーツ』が枯渇状態なのだとか。


「――と言いますのも、実はベストラの宿で」

 お役人さんが言い終わらないうちに「新しいカクテルを出したのだろう?」と、ヴィルさんは言った。

「ご存知なのですか?!」目を丸くするお役人。

「そんな予感がしていた。苦労を掛けて申し訳ない。犯人は私の妻だ」

 ヴィルさんは笑いながら言った。

「とんでもございません! お陰様で新しい名物ができたと地元の商人たちは喜んでおります。ただ、いかんせん材料が不足しており、数量限定とせざるを得ないのが現状のようです。青果商人もがんばってくれているので、我々も力になりたいのですが、なにぶん問題が多く、なかなか上手くいきません」

 ――お役人様、申し訳ございません。まさかこんなことになるなんて……。


 現地では市長さんが躍起になってグレフル問題に取り組んでいる。ところが、続々とトラブルが起き、その対応でてんてこ舞いしているそうだ。

 ダニエルさんの手紙によれば、足元を見た業者が倍以上の高値で売りつけに来るわ、正規価格で売ろうとしていた真面目な青果商が盗難に遭うわ、転売ヤーは現れるわ……次々とグレフル関連事件が起きているとのことだった。

 役場だけで解決するのは難しく、ヴィルさんは夜な夜なあちこちに手紙を書き、ポルト・デリングへグレープフルーツを運べる業者を探し始めた。

 ところがそれも結果が振るわず、彼の目の下には睡眠不足によりクマさんが住み着いている。


「港があるから、輸入をしてもいいのらがぁ……あ~ぁ」

 くあ~~っ……と、あくびをすると、ヴィルさんは目をこすった。

 彼は朝食後のお茶を濃い目の珈琲に替えて飲んでいたけれど、そんなものでは効かなそうだ。

 てろんと落ちてきた前髪を直してあげると、彼はわたしに抱き着いて「ンゴーッ」と鼻を鳴らしてイビキをかいているフリをした。

 おお、よしよし……可哀想に、ヴィル太郎。

「観光客が多いから、できれば国内産のほうが良いのでしょう?」

「そう。リアは本当によくわかるな」

「でも、変ですよねぇ。王都の青果市場にはたくさんあるのに、どうしてそんなに足りないのでしょうね?」

「何が?」

「ん? 国内産のグレープフルーツが。めちゃめちゃに安く売られていましたもの」

「なにっ? ちょっと待て。……そうなのか?」

 ダラダラしていた彼はシャンと背すじを伸ばした。


 わたしが青果市場へ行ったのは四日ほど前のことで、いくつかの柑橘系フルーツが箱単位で大安売りになっていたのを見たばかりだった。

 酸っぱいものほど数が余っているのだろう。一番ひどかったのはレモンだった。

 市場は業者さんだけでなく一般のお客さんも来ている。「そんなにたくさん要らないから、半分の量で半分の値段にしてくれよ!」と文句を言われていて、少し気の毒に思えた。

 柑橘類は主に南のほうで採れると聞いたけれど、王都がこの状態なのに、わずか二、三日で行けるポルト・デリングで「手に入らない」というのは不自然だ。

「そんな……俺がやり取りしている業者の話と全然違うぞ」

「なんて言っていたのですか?」

「収穫量が少ないから『増やせない』と」

「どこの業者ですか?」

「王都の業者だが」

「産地の業者ではないから、中間業者でしょう? 足元を見て値をつり上げようとしているのでは? いずれにせよ王都は供給過多ですよ」

「兼業領主の俺なら(だま)せると思われたのか」

「お金を持っている人から取ろうと思うのは商人の常ですもの」

「くそう、あいつら、ばかにしやがって……」

「王都を経由させず、産地から直接ポルト・デリングへ卸してもらえば、みんな幸せになりそうですけれどねぇ」


 青果市場だって、安売り地獄から脱却して効率良く利益を出したいはずだ。総利益額が大して変わらないとしても、在庫管理の手間を削減できるのは大きい。

 輸送会社とはすでにコネがあるし、頼めば仕事が増えて喜ぶはずだ。ベストラの宿が儲かれば、ヴィルさんの税収が上がる。

「風が吹くと桶屋が儲かる」ではないけれども、王都からグレフルが減れば夫が儲かるのだ。

「市場に行って、どこの業者が納めているのか調べてみる」

「それなら、市場で積み上がっている箱に、産地と業者名が書いてありますよ?」

「おお! それを見ればすぐわかるのか」

「わたしがお買い物ついでに見てきましょうか」

「もう問い合わせの手紙を書くのも疲れた。俺も足を使おう」

 ヴィルさんの手を見ると、ペンだこが赤くなっていた。

「よし、皆、着替えるぞ!」


 彼の号令で一斉に皆でお着替え(変装)に取りかかり、約一時間半後、わたしたちは玄関ホールに集結していた。

「またリアのおかげで俺が金持ちになってしまうな」と、ヴィルさんはタイを直しながら笑った。

 アレンさんはハットをかぶりながら「それもこれも、すべては私が酔っぱらったおかげですね」と、いたずらっぽく口角を上げる。

「君たち二人にはしっかりと還元させてもらうよ」

「リア様、欲しいものを一覧に書き出しましょう」

「あ……」

 欲しいものと言われてふと思い出した。


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