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昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど  作者: 睦月はむ


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生存戦略 §1

 護符を渡すために王宮を訪れた際、お義父様から「二人だけで少し話がしたい」と申し出があった。

 ティールームで美味しい紅茶を頂きながら雑談をしていると、お義父様はふいに「愚息が変な伝え方をしたようで、まずはそれをわびたい」と切り出した。

 一瞬、意味が理解できず戸惑ってしまった。

 ヴィルさんが最近言った変なことといえば――「二人目の夫を選ぼう」という突拍子もない提案くらいしか思い当たらない。


「彼の言い分は配慮に欠けているが、方向性はおおむね正しい。それゆえに私からも話しておこうと考えた」

 嫌な予感がした。

 お義父様はおそらく、わたしの意向を理解してくれている。その予感を肯定するかのように、三回、首を縦に振った。まるで「大丈夫。わかっている。まずは聞いてくれ」と言われているようだった。

「こんな話をしなくてはならない義父(ちち)を許してほしい」

 そう言ったうえで「いずれ、本気で二人目の夫を選ばなくてはならない日が来るだろう」と、眉間にシワを寄せた。

 わたしの喉の奥からウグッと変な音が出た。


「いつか誰かが公の場で言い出すはずだ。『なぜ神薙は二人目の夫を選ばないのか、王家がそうさせているのではないか』と」

「そんな……わたしの希望なのに」

「王家を陥れようとする勢力とは、そういうものなのだ」と、お義父様は言った。

 王の立場を悪くして、いつか国の実権を握る。それが悲願であり生きがいでもある。話の真偽などは二の次で、自分たちの陰謀に利用できるものであれば神の名であろうとも軽々しく使う。権力が手に入らない不満を、別の問題にすり替えて騒ぎ立てる。それをきっかけとして王家を崩そうと画策する。オルランディアの貴族には、そんな人たちもいるらしい。

 今は共感する人が少ないから目立たないけれど、月日が経って状況が変わることをお義父様は心配していた。同調して言うことを聞かない貴族が増えると、王家にとっても都合が悪い、と。


「前例のないことをやる人は、大衆の共感を得るまでに時間がかかる。その『時間』こそが隙であり、権力大好き人間の好物だ。今のリアは、まさにその隙の真っ只中にある」

 お義父様の口調は穏やかで、わたしに話のレベルを合わせてくれていた。

「おそらく、この二、三年くらいが勝負だ。貴族から突き上げられた時、王がリアに何を言うかは想像がつくだろう?」

「はい……」と、わたしはうなだれた。

「悪いが二人目の夫を決めてくれ。あっちの彼はどうだ、こっちの彼はどうか」と、陛下と宰相が二人でグイグイ迫ってくる姿が目に浮かんだ。

 そもそもわたしが「夫は一人しか要らない」と押し切っただけで、あの二人は最初からわたしの考えに反対だった。


「誰かから強要されたり、無理矢理どこかの息子を押しつけられたりしないよう、あらかじめ選んでおきなさい。自ら先手を打つほうがいい」

 わたしが絶句していると、お義父様は「酷なことを言ってすまない」と目を伏せた。

「宰相が『二~三人』という言い方をしたと思うが」

「はい。そう仰っていました」

「彼なりの気づかいではあるのだろうが、正確に伝えると、選ぶ相手によっては、三人でも心許ない」

「そ、それは、ちょっと予想外です……ね」

 てっきり「三人いるのが一番いいけれど、別に二人でもいいですよ」という意味かと思っていた。


「夫にもさまざまな在り方があると説明を受けたか?」

「いいえ? そういう話は……」

「やれやれ。ことごとく話の順番が逆だな」と頭をかかえた。


「まず、リアに伝えなくてはならないことは、悪い貴族がいるということだ。危険な目に遭わせたくない。それから、王やヴィルの弱みにならないでほしい。これが話の発端だ。すべてはここから始まっている」

「危険……なのですね? 実感はないのですけれど」

「騎士団は完璧な存在ではない。法や決まりごとに対して忠実すぎる。だから特務師団が作られたのだ。陰謀の種類によっては、第一騎士団は簡単に崩れる。見合いの事件がいい例だ」と、お義父様は言った。


 大波乱のお見合い事件を思い出す。

 最初はお金目当てで文官が狙われただけだった。その過程で神薙法の隙を見つけられ、悪い人の手が神薙(こちら)にまで伸びてきた。

 アレンさんに破格の褒賞が出たのは、わたしを護ったのと同時に、王家を護ったからだ。あのままどこかへ誘拐でもされていたら、大変なことになっただろう。


「ずる賢い人間が本気で企むと、予想もしないところから攻撃される。私も絵に呪いがかかっているなど考えたこともなかった」

「そうですよね」

「完璧な警護は有り得ない。あの呪物の数が、王家ですらそれを実現できていないことを証明している」と、お義父様は自嘲気味に言った。

「王とて盤石ではないということだ。『神薙か国か』の二択を迫られれば、国を選ぶほかない。だから自らも危機に備え、身を護るための行動をしてほしい。婚姻を勧めるのは、その手段の一つだからだ」

「そういうことだったのですね」

 わたしはお義父様のお顔をまじまじと見つめてしまった。

 陛下と同じ顔をしているけれど、物事を見る視点や、話の運び方がまるで違った。


「すべての夫を平等に扱う必要はない」と、お義父様は言った。「籍だけ入れて、友のように付き合う夫で構わない。政略婚でいい」

「神薙は政治的、戦略的な理由で婚姻契約を結ぶ。夫は名誉と名声を得る。『それ以上は望むな』と先に宣言しなさい。そうすれば、相手は了承のうえで夫になる」

「戦略的契約」とつぶやいた。

「うまく条件を出してやれば比較的簡単に身を護れる手段だ」

「はああ……なるほど、そうなのですね」


 神薙がするべき備えには、常にこういう観点が必要だとお義父様は言った。

 ・もし、陛下が弱い立場になったら

 ・もし、陛下の意見が通らなくなったら

 つまり、王家の保護を過信するなと言っている。

 避難訓練シナリオの「反王派に王宮が襲撃されて王が倒れた(から逃げる)」にも通ずるものがある。むしろ、この話は避難シナリオの一、二歩手前にあるべき「備え」の話だ。


「ひとつ、私が考えた婚姻戦略を聞いてもらえるか」と言われたのでうなずいた。

「私ならば、リアの夫は少数精鋭で構成する」

「は、はい。そのほうが……」

 なぜかお互いに前のめりで話をしていた。

「盤石な地位を築いている家を選び、上から順に選んで夫にしてゆくのがいい」

 一回の婚姻でより大きな効果をもたらす相手を優先すれば、いたずらに夫の数を増やさずに済むとお義父様は言った。


「まずは武力の南を獲る」

「へ? ぶ、ぶりょく?」

「まずはクランツ家の嫡男だ。辺境伯の筆頭であり、南部はクランツ家の言うことに『右へならえ』で従う領地ばかり。南では大変な影響力を持つ家だ」

「くまんつ様ですね……」

「南部に味方を増やし、何かあったら南へ逃げる。保険として東側の諸侯とも親しくなっておくといい」

 いくら護衛が優秀でも、行く先々が敵だらけでは逃げ切れない。南部の人たちは気こそ荒いが屈強で情に厚いので、一度関係を築いたら、めったなことでは裏切らないのだそうだ。


「次に財力だ。有意義な計画を立てても先立つものがなければ実行できない。だから東の金鉱を獲る。……と言っても、筆頭侯爵のオーディンス家だがな?」

「あら」と、わたしは眉を上げた。

「側仕えの彼は、ああ見えて大金持ちだ。内政において影響力の大きい家でもある」

 さらに西大陸の王族で、聖女の血を引いているから、名門中の名門だとお義父様は言った。

「南部も危なくなったら、オーディンスと西大陸へ逃げられる。そんなことになったら、本当に一大事ではあるのだがな」

 お義父様は笑いながらお茶で喉を潤した。


「決して怖がらせたいわけではない。ひどい話をしていることは承知している。こんなことは平和な時にしか話せない」と言った後、お義父様は押し黙った。

「――あえて結論を先に言おう。愛情は分散させたほうがいい」

「でも、さっきは政略婚だけでいいと……」

「それとは少し観点の違う話になる。ヴィルを愛しすぎないでほしい。彼も王族だ。殺す価値が出てくれば狙う者が現れる。おそらくリアより先に死ぬだろう。深い悲しみも、神薙の隙になる」

「お、お義父様……」

「あの子に何かあっても、深く悲しまないでもらいたい。王家の宿命なのだ。人はいつか必ず死ぬ。早いか遅いかは運だ。私もこれまで数え切れないほど危険な目に遭った。運が良かったから生きている」

「考えたく、ありません……」

 わたしは言葉が出なくなってしまった。


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