とんかつパーティー §2
二人はかつサンドまでぺろりと平らげ、十分に休憩を取った後、着替えてトレーニングを始めた。
なにげなく様子を見ていたら、「アスリートでもそこまでやらない」と言いたくなるほど過酷だった。
食後の重い体をものともせず、軽いジョギングから始まり、体が温まったところでマシンルームへ移動。流れるように次々とマシンを変えながら筋トレメニューをこなし、また庭で走り始めた。今度は心肺を鍛える目的で走っているようで、次第にペースを上げて敷地内を疾走する。
「まだ走るの?」と五回くらいアレンさんに聞いてしまった。見ているだけで、こちらの肺が破れそうだ。
それが終わると水分補給をして軽く休憩し、今度はゴールの場所を決めて短距離の全力疾走を数えきれないほどやり始めた。勝ったの負けたのとキャッキャしていて微笑ましいけれど、そこまでの運動量を考えたら、もうオーバーワークな気がしてならない。
「鍛えている天人族はこんなものですよ」と、アレンさんは平然としている。
しかし、徐々に雲行きが怪しくなってきた。
走っているだけでは飽き足らず、腕立て伏せ、腹筋、スクワットと、どちらがより回数をこなせるかで競い合い始めたのだ。
「俺のほうがすごい」「いいや、俺のほうが」と煽り合い、勝負がついたかと思えば「もう一回だ!」と自分の負けを認めない。
「ふん、やりたきゃ土下座しな」
「頼む! もう一回だけ!」
「ふはは、情けない奴め。仕方がない。付き合ってやろう」
こうして「泣きのもう一回ごっこ」をやり合うせいで終わりがなかった。
アレンさんいわく「昔からずっとあんな感じですよ。あれが二人の素であり、強さの秘密ですかねぇ」とのことだ。
そうこうしているうちに、アレンさんが夕方のトレーニングを始める時間になった。
少し離れた場所でウォーミングアップをして「自分は関係ない」と一線を引いているにも関わらず、すぐに先輩二人がネチネチと絡み始めた。
「アレン君もまだまだだな。しょせんは口だけか」
「負けるのがコワイのだな、書記クン。君は臆病者だ」
「「ムワッハッハッハッハッ!」」
先輩の芝居がかった煽りにカチンときたのか、アレンさんまで負けず嫌いを発揮した。
徒競走ではゴール手前で二人をぶち抜くわ、反復横跳び勝負では残像が見えそうな勢いで動くわ、完膚なきまでやっつける。
「弱いですねぇ。それは疲れとか衰えとか言うより、もはや『老い』ですね。ふっ……このヘッポコじじい」と、しまいには先輩を煽っていた。
日が暮れると、自主トレはお開きになった。
三人はぽやぽやと【浄化】をかけながら、来客用の大浴場へ仲良く入っていく。
ゆっくりとお風呂に入っておしゃべりでもしているのだろうと思っていたら、今度はサウナでも何か張り合っていたというから、本当に困ったものだ。
野菜中心のヘルシーなお夕食を済ませた後は、ヴィルさんのお部屋に集まると言う。軽くお酒が飲みたいと言うので、ワゴンに飲み物を用意して運び入れてもらった。
てっきり男子会を開催して内緒話でもするのかと思いきや「リアも来ないか」と誘ってくれた。
「お邪魔しまーす」
部屋に入った瞬間、ぐわっと後ろにのけぞった。なんてことだろう。彼らの色気が部屋に充満している……。
三人とも仕事中は額が見えるようにセットしている髪が、お風呂の後なので下りている。格好良さは据え置きのまま、かわいさが増量されていた。
お風呂上がりのヴィルさんは色気の大洪水とはいえ、ある意味いつもどおり。問題はほかの二人だ。
業務時間外のアレンさんは流行の最先端を闊歩するオシャレ男子。こちらではめったに見かけないとろみのあるカジュアルシャツで神がかっている。プライベートではメガネをかけず、代わりに「御守り」と言って大切にしている黄色い石のピアスを着けていた。
くまんつ様は気取らない洗いざらしのシャツと緩めのパンツ姿でリラックス中。開いたシャツの襟からのぞくバッキバキの胸筋が眩しい。
相変わらず顔面がモシャモシャで素顔はよくわからないけれど、癒しのオーラ「くまん気」とでも言うのか、謎の色気に包まれている。もはや彼の色気は新ジャンルだ。たくましい肉体にイイ声、癒しパワー、そして優しい性格、ほのかに漂うチョイワル風味……貴族令嬢たちがコロリとやられてしまうのも無理はない。
くまんつ様の抱き枕、ヴィルさんの日めくりカレンダー、アレンさんのアクリルスタンド……。オタクグッズ化して王都で売りさばきたい。フィデルさんのクリアファイルと、マークさんのサイン入り木刀もおすすめだ。
広場の露店で騎士団グッズを売る妄想をしていたら、突如カカカカカッと、奇妙な音が聞こえた。
振り返ると、飲み物を用意するために運び入れたワゴン付近から音がしている。
「何の音? どうかしました?」
ワゴンで飲み物を作ってくれていたメイドさんに声をかけると、彼女の様子がおかしい。
わたしが密かに「くま担ちゃん」と呼んでいるそのメイドさんは、大のくまんつ様ファンだ。さぞ喜ぶだろうと、彼女にドリンクをお願いしたけれど、どうやら推しの「くまん気」は刺激が強すぎたようだ。
飲み物を作る手が震えてグラスや瓶がカタカタと音を立てている。額には汗がにじみ、今にも泣き出しそうな顔は真っ赤に染まっていた。
「もし、つらかったら下がっても大丈夫ですよ。わたしがやりますから」
コソッと声をかけると、彼女は申し訳なさそうな反面、地獄でホトケを見たような複雑な表情を浮かべている。なんて複雑なファン心理だろう。遠すぎても寂しいし、近すぎても苦しいのだ。
彼女には「朝、くまんつ様のお部屋に目覚めのお茶をお持ちする」という重大な任務が残っている。わたしが知るかぎり、彼女はこの宮殿で最も美味しいお茶をいれられる人で、本人もそれには自信を持っていた。
朝のお茶はがんばると言うので、それに備えて早めに上がってもらうことにした。
お酒や氷などが一式そろっているワゴンで、ヴィルさんとくまんつ様にウィスキーのソーダ割りを作り始めた。
ふわっとゼラニウムと柑橘が混ざった香りがして顔を上げると、アレンさんが立っていて「手伝います」と微笑んだ。
「アレンさんはリンゴの蒸留酒でしたよね?」
「そう。炭酸で割って、ライムを少し絞るのが好きですね」と彼は言う。
「飲み物までおしゃれサンですねぇ」
「ダニエルがバーテンの免状を取って以来、あれこれ教えてくれるものですから」
「あ、わたし、ダニエルさんにお礼をしなくては……」
「何のお礼ですか?」
「業者を紹介してくださったおかげで、我が家でも炭酸水が購入できるようになりましたから」
「手紙だけでも大喜びしますよ」
「もし甘いものがお好きなら、トリュフチョコでも贈ろうかしら」
「そんなことをしたら、お父上まで巻き込んで大はしゃぎの大自慢大会になりますよ?」
「うふふ。じゃあ、チョコにしましょうね。さあ、できましたよ~」
わたしはチビチビとドリンクを飲みながら、相づち係として話に参加させてもらった。
男性同士が盛り上がっているときは相づち専門だ。静かになったら何か話題を振り、話を振られたら答える。いつもそんな感じだった。
頭の中では、数日前にお義父様から言われたことがグルグルと回っていて、少々思考が忙しい。だから、そのくらいがちょうどよかった。




