とんかつパーティー §1
期待に目を輝かせた男子たちが、ダイニングルームに勢ぞろいしていた。
香ばしい匂いが漂い、お皿が運ばれてくると、ヴィルさんは胸の前で手をこすり合わせた。
「ついに来たぞ!」彼は待ちきれない様子でフォークとナイフを構えた。
サクッと音を立て、黄金色に揚がったとんかつにナイフが沈む。
彼は「はあ♪」と満足げに息を吐いた。
男子待望のとんかつランチパーティーだった。
事あるごとに「かつサンドは?」「まだ作らないのか?」と子どものようにねだり続けていたヴィルさんは、前菜が出ている間も「次か? まだ? 次の次? よし、次の次!」と大騒ぎ。
今まで何も言わなかった人たちも、朝食の量を抑えるなどして、このランチに備えていた。
「これをパンに挟んだものが『かつサンド』なのか。なんて罪深い厚さなのだろう。我々が普段食しているものとはだいぶ違うな」
ゲストのくまんつ様は、とんかつを大きめの一口サイズにカットし、たっぷりとソースをつけて口に運んでいる。
この日のために特別に用意したブランド豚は、肉質が柔らかくジューシーだ。サクサクの衣の香ばしさとお肉のうまみ、そこにソースが相まって、口いっぱいに幸せが広がる。
この国にもとんかつに似た料理があるけれど、薄くなるまでお肉をたたき、きめの細かいパン粉でカリッと揚げたカツレツだった。麦芽酢と塩コショウで食べることが多く、サラダや温野菜と一緒に出てくるランチの定番である。
「とんかつっぽいものが食べられる」と喜んでいたものの、どちらかと言うと「決まったソースがない大阪名物の串カツ」に近いイメージだった。日本人としては、ついつい「二度づけ禁止」と書かれた「例のソース」が恋しくなる。
くまんつ様が一瞬手を止め「さっきの話に戻るが」と言った。
「リア様が護符で王兄殿下を護っているという意味か?」と確認するように彼は言った。
ヴィルさんは誇らしげに「その通り!」と答えたものの、視線は手元に集中していて、ナイフを動かすのに忙しい。
「神薙の加護があれば呪符など恐れるに足りない!」と力強く話しかけられて、とんかつもさぞ迷惑に思っていることだろう。
「あ~~、美味い……」くまんつ様もとんかつとの会話に戻ってしまった。
「このソースがヤバいよな。つい欲張ってたくさんつけてしまうのだが。パンにも合う」
ダイニングでは護符の話ととんかつの話が入り乱れていた。皆、手と口を動かすのに忙しく、どの話題も誰かの「美味い」という言葉にかき消されて、なかなか話が進まなかった。
今回のとんかつパーティーのポイントは、いつもより厚切りにされた豚肉と、テーブルにずらりと並んだ種類豊富なソースだろう。あれこれ試して、自分だけのお気に入りを見つける楽しみがある。
アレンさんは会話には加わらず、至福の表情で咀嚼していた。
彼は試食の段階から味変ソースをあれこれ試しており、最終的に「これぞジャパニーズ」な食べ方に落ち着いた。パンとライスのどちらを添えるか聞かれても、迷わず「コメ」と答えているため、これで箸を使えたら、完全に日本人の食卓だ。
フィデルさんは三種類のソースを混ぜ、自作ソースを作ってご満悦。
普段、宮殿にはいない寡黙なマークさんも、今日はわざわざ馬で駆けつけてきた。めったに口を開かない彼が、今日は「美味い。これ美味いなぁ」と珍しく言葉を発している。そのたびに皆が「あ、しゃべった」と反応するので面白い。
とんかつトークは次第に落ち着きを見せ、それまで断片的だった護符の話がメインになった。
お義父様のために書いた護符は、体の周りに【解呪】と【防呪】の小さな結界を重ねて張るものだった。
解呪は「呪われたものを元に戻す」機能、防呪は「そもそも呪わせない」機能だ。
この護符があれば、たとえ新たな呪物を送り込まれても、防呪によって身を守る。万が一、それをすり抜けて強力な呪いをかけられたとしても、即座に解呪の機能でその効果を打ち消すことができる。
防呪と解呪、どちらか一つでいいのではないか、という意見もあった。ただ、お義父様が常に危険と隣り合わせである状況を思えば、両方で備えること以上の安心はないだろう。戦の指揮をする兵部のトップでもあり、少しでも心の休まる時間が持てたら、と願いを込めた。
常に護符を身につけてもらわなくてはならないので黒豹モチーフのロケットペンダントを特注で作った。開閉式のペンダントトップを開くと、中に折りたたんだ護符が入れられる。
チェーンの長さは好みで調整可能。ペンダントが邪魔な場合は、パーツを取り替えてキーホルダーとしても使えるように工夫した。
いつもお願いしているアクセサリー屋さんが気合いを入れて作ってくれたので、見た目もかなり格好良く仕上がっている。護符の予備も一緒に渡した。
ヴィルさんは得意げに鼻を延ばし、護符の自慢をしながら待ち焦がれていたかつサンドに手を伸ばした。その瞬間、フィデルさんがふと思い出したように言った。
「明日、健康診断じゃなかったか? 我々は昨日終わったが……」
マークさんとアレンさんがモグモグしながらうなずいている。
「け、健康診断ですって?」
わたしは思わずナイフとフォークを置いた。
なんということだろう。健康診断の前日に揚げ物と炭水化物をおかわりしてガッツリ食べているなんて……。しかも、ヴィルさんに限っては、前菜はお残しばかり。千切りキャベツも食べなさいと言っているのにお肉とパンばかりを食べている。
騎士は体が資本の職業だ。健康診断で生活習慣や不摂生を指摘されるのはよろしくない気がした。
彼はのんきに「十時過ぎまで朝食抜きはつらいよなぁ。朝の訓練やめておこうかな」と言った。
「いやいやいや、やめるべきは、かつサンドのほうでは?」という言葉を飲み込んだ。
「先に言ってくれれば、この日を避けて予定を立てたのに」これもゴクリと飲み込む。
ヴィルさんの報連相不足は今に始まったことではない。この件で困るのは彼だけなので、わたしが文句を言う必要もないだろう。
彼は眉をキリリとさせ「午後の自主トレーニングですべて消費するから問題ない」と言った。
「多少の無茶はトレーニングですべて帳消しにできる」と本気で思っているのだろう。その能天気さにあきれて笑うしかなかった。
「くまんつ様も?」と尋ねると、彼はニコリと微笑んだ。
「ご迷惑でなければ」
「どうぞどうぞ。敷地の中は自由にお使いください」
彼の場合は筋肉量が人並み外れて多いので、基礎代謝がかなり高いはず。食欲がなくても、人より多く食べていないと筋肉が減ってしまう。脂質を分解しやすくする副菜もすべてきれいに食べているので、おそらく彼はいつもどおりで問題ないだろう。
でも、二人で一緒にトレーニングをしたほうが挫折しにくい。
「よろしければ、そのまま泊まっていかれませんか?」
ヴィルさんに心置きなくカロリーを消費してもらうため、くまんつ様にお泊まりを提案してみた。なにせ部屋はたくさんあるし、騎士団専用のマシンルームで筋トレもできる。我が家はカロリー消費にはもってこいの環境なのだ。
「クリス、ここには疲労回復に効く温泉もあるしサウナもあるぞ」と、ヴィルさんはかつサンドをモリモリ頬張っている。
「お前がサボらないように見張ってやるよ」と、わたしの心を読んだかのように、くまんつ様は口角を上げた。
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