護符師 §1
お義父様を護るため、持ち歩ける【解呪】グッズはないものか――
ドラキュラに対するニンニクと十字架セットのような、そういうアイテムが欲しい。それさえあれば、問題はすべて解決するはずだ。
ユミール先生は意外なほどあっさり「ありますよ」と言った。
「えっ? あるのですか?」
「リア様に才能と専用の筆さえあれば、作れるかも知れません」
先生は目を輝かせ、楽しそうに言った。
「札には、呪符と護符の二種類があるのです。魔法と同様に『属性』があり、呪いかそれ以外のものかを分類しています。呪いは違法。それ以外は、もっと細かい決まりがあります」
「ほむほむ」
護符とは魔法と似た効果を得られる優れものだそうで、解呪や防呪の護符を作れば、呪符に対抗する御守りになると言う。それに、魔法ほど魔力を消費しない。
「リア様にピッタリでしょう?」
「才能って……?」
「護符が作れるかは才能がすべてなのですよ」
わたしは早速『ヒュミル魔道具店』へ足を運んだ。
この店にはいつも驚かされているけれど、専用筆の値段を見て、思わず息を飲んだ。とても才能があるかどうかもわからない状態で手が出せるものではなかったのだ。
値札に並ぶゼロの数を何度も数えてたじろいでいると、店主の息子が試し書き用の筆とお手本を出してくれた。
「これを真似して書いて、光れば才能ありですよ」
お手本にはヘビがのたくったような模様が書かれている。彼はついでのように「ほとんどのお客さんが才能ナシなのですけどね」と言った。聞けば護符師はめったにいないのだとか。
あまり期待せず、言われるがままに試し書きを始めた。
高価なだけあって適度な弾力があり、滑らかな書き心地だ。インクはやや薄めの紺色。魔力ペンと同様のインク生成システムを備えており、魔力に反応することで半永久的に字が書けるという優れものだ。
「書けました」
「その紙に、少しだけ魔力を混ぜた息を吹きかけてください」
「息に、魔力を、混ぜる……??」
混乱しているとアレンさんが助け舟を出してくれた。
「口を閉じて、唇をキュッとすぼめると、出しやすいかも知れません。出口は舌の上の真ん中あたりです」
「舌の上」
「舌に力を入れるとくぼむ部分」
「んっ……ん? んんー……」もごもご。こんな場所から魔力を出すなんて……
言われたとおりに息を吹きかけると、紙がホワッと光った(!)
「こ、これは?」
「おめでとうございます。才能ありですよ!」
テッテレー! 思わず万歳したくなる。
「良かったですね。さすがリア様です」と、アレンさんが褒めてくれた。
ルンルン喜んでいると、店主の息子が「教本はお持ちですか?」とにこやかに尋ねてくる。
「えっ? 教本?」
「図柄の見本がたくさん載っているのですが、真似して書くだけでいいので――」
彼はカウンターの奥から天人族向けのゴージャスな本を取り出して見せてくれた。
解呪の護符も載っている……欲しい。しかし、泣きそうなほど高い。
ヒュミル魔道具店は大魔導師の末裔にあたる一族が経営していて、誰も真似できないようなものを作って売っている。ほかの店へ行ったところで、安く手に入るものではなかった。
「では、そ、それも、一緒に、頂け、ます、でしょうか」
「はーい、ありがとうございます。お包みしますね」
またもや数百万円規模になったお買い物に足元をふらつかせていると、アレンさんがサッと支えてくれた。
「こんなに高い買い物をしてしまったからには『呪符など恐るるに足らず』と豪語できるほどの護符師にならなければ、割に合わないです……」
泣きそうになっていると、彼はにこやかに「大丈夫ですよ」と言った。
「専用の紙も買え」などと言われることも覚悟していた。けれども、意外にも書く場所はどこでもいいらしい。助かった。思いっきり散財してしまったことだし、お清書以外は裏紙を使おう。
「タダに勝るものはないわ」と、わたしはつぶやいた。
古新聞に挟まったチラシの中から、裏が無地のものをセッセと集める。しばらく紙には困らず済みそうだ。
教本を見るかぎり、護符も円の中に魔術語を書いた魔法陣ではあるのだけれども、魔法とは術式の概念が少し違う。
魔法が「打ち上げ花火」だとしたら、護符は「お香」のようなもの。効果をじっくりと定着させるような仕組みになっていた。自由度が高く、知識量の多さが熟練度に直結する点は魔法と似ている。
当面は見本を丸写しにしながら基本を身につけ、徐々にパーツごとのアレンジに着手していくことになる。
後日、ユミール先生から護符の基礎を教わった。
「護符というのは、ただ書いただけでは機能しません。仕上げに魔力を込めた息を吹きかける必要があり、それと同時に発動するのが基本的な護符です」
魔道具屋で書かせてもらった『光る護符』も本に載っていた。最も簡単な入門用護符だと書かれている。
本を見ながら一枚書き上げて息を吹きかけると、紙全体からほわーっと温かみのある光が放たれた。
うれしくてキャッキャしていると、先生は護符を小さく折り畳んで机に置き、その上にグラスをかぶせている。即席のテーブルランプだ。
「こうしておけば飛んでいかないですし、雰囲気もいいでしょう?」
「癒されますねぇ。火も使わないからキャンドルよりも安全ですよね」
書き溜めておけば、災害への備えにもなりそうだ。
先生に基礎を教えてもらった後は、本を見ながら練習あるのみ。
図書室奥にある古書の部屋でも教本を見つけたので、オルランディア語の本と内容を比べてみた。
言語が違うせいか、護符の書き方が微妙に違うし、載っているサンプルの数が違う。
「こんなことなら家の図書室を見てからお買い物に行けばよかった」と少し後悔したけれど致し方ない。
本格的に勉強を始めたこともあり、書斎を使い始めた。
本棚とお茶セットとデスク、応接セット、それだけのシンプルなお部屋だ。
アレンさんが一緒にいることが多いので、デスクの近くに彼専用のすてきなチェアを一脚追加した。
ヴィルさんも護符の件は応援してくれていて、百合の透かしが入ったかわいい紙を買ってくれた。上達したらお清書に使うつもりで、デスクの引き出しに大切にしまってある。
「フー、なんだかこの疲れには覚えがあります……」
筆を置き、肩をトントンとたたいた。
簡単なものでも結構な時間がかかる。護符づくりは集中力が必要で、いつぞや同僚と一緒に挑戦した写経に似ていた。
「あまり根を詰めないほうがいいですよ」と、アレンさんが優しく声をかけてくれた。
彼の言うとおり、一気にやっても上達はしない。コツコツと続けることが大事なのだ。ちょうど一枚書き上げたばかりでキリが良かったため、お茶休憩にした。
ヴィルさんが買ってくれたカルセドのハーブ入りクッキーをお皿に出し、陛下から頂いた茶葉に、お義父様から頂いたドライフルーツを加えてお茶をいれた。最近ハマっている最高に幸せで美味しい組み合わせだ。
――気がつけば頂き物ばかり……。
ふと自分を見ると、ドレスと靴はヴィルさんからのプレゼントで、ネックレスとブレスレットは陛下から。
ピンクダイヤのイヤリングと指輪はアレンさんが「御守り」と言ってプレゼントしてくれたものだった。
気がついたら頂き物で生きている。自立しようと思えば思うほど、頂き物が増えるから不思議だ。
「先ほど書いていたのは何の護符ですか?」と、カップを片手にアレンさんが言った。
「本には『身の回りを安全に保ち、心地良く過ごすための護符』と書いてあります」
「防犯の護符ですかね」
「ん~、たぶん」
「リア様、見ていて思ったのですが、書いたら満足してしまっていませんか?」
「じ、実はそうなのです。書くのが思ったより大変で、その先どうこうする余裕がないと言うか……」
魔力の充電期間中でもあるため、発動まではさせていなかった。
わたしが目指しているのは、お義父様を呪符から守るための護符で、防呪や解呪など複数の効果を付けたいため、どうしても応用力が求められる。
今は教本に載っている『予防系』のサンプルをひたすら真似して書き、地道に基礎固めをしているところだった。いずれは、それぞれの要素をパーツごとに盛り込んだ「全部入り」みたいな一枚を書くことになる。
「近道を進むならば、なおさら焦りは禁物ですよ? それから、護符も魔法も精度が大切です」
どんな状況でも常に同じ完成度のものを出すためには、変なクセをつけないことが大事だと彼は言った。
「使ってみないと、仮に誤りがあっても気づかずに書き続けてしまいます。書いて発動させ、終わらせるところまでが練習です。防御系の護符なら、多少間違えがあっても危険なことにはなりません。試験するにも適していると思いますよ?」
「そうですよね」
さすがアレンさん、いつもアドバイスが的確だ♪
お茶休憩を終え、洗面所で手と口を清めてから護符を発動させる準備に取りかかった。




