お手伝い §2
お出かけ当日――
少し早めに部屋から出ると、オーディンス副団長が待っていた。
「すてきな装いですね。いつにも増して美しい」と、彼はわたしの手を取りながら言った。そう言う彼も私服姿が猛烈にカッコイイので緊張する。
出かける直前、彼から「土地や建物だけは受け取らないで」という奇妙な忠告を受けた。
「すべての土地は王のものなので、人には贈れません。また、建物の譲渡は手続きが面倒です。それ以外でしたら何を受け取っても構いません」
「そ、そんなものを贈る人がいるのですか?」と尋ねると、彼は黙ってうなずいた。……相変わらずこの世界は謎が多い。
護衛の騎士は四チームほどに分かれており、町の中で市民に紛れて警備するチームが先行して出発する。動員数を考えると心苦しくなるけれど、これから出かけるたびにこうなるのだから、少しずつでも慣れなくてはいけない。
わたしも神薙だとバレないよう、紋が入っていない馬車で出発した。
待ち合わせ場所は、王宮広場の東側にある馬車停めだ。
駐車場とタクシー乗り場が合わさったような広場で、ひっきりなしに出入りする馬車を係の人々がテキパキと誘導している。
窓から外の様子をうかがっていると、人の往来が多い場所から少し外れた場所でヴィルさんが待っていた。
まるで、甘い神経毒でも垂れ流しているかのようだ……。目立たないところにいるにも関わらず、通行人の女性が何人も立ち止まり、彼をボーッと眺めていた。あんな人にギュッとされて無事だった自分を褒めてあげたい。
こちらに気づいて笑顔で手を振ってくれたので急いで馬車を降りた。
「やあ、リア殿。また会えてうれしい」
「こちらこそ、お誘いをありがとうございます」
「今日は一緒にいられる時間が短い。少しでも長く話がしたいので、こちらの馬車で一緒にどうかな」
彼がジェントルに誘ってくれたので、お言葉に甘えて彼の馬車に乗り換えた。
コトコトと揺られながら、互いの近況報告をしていると、ふと何かが髪に触れた。
「ん?」と目をやると、彼がわたしの髪を一束すくうようにして触れている。
どうしたのだろう?? ゴミでもついている?
「はぁ……今すぐ抱きしめたいほど美しい……」
「――ッ!!」
わたしの顔で大噴火が起こった。
なんの前置きもなく始まるキラキラハンサム劇場には免疫がなく、どうしたらいいのかわからない。社交辞令なのか、ギャグなのか、はたまた本気で言っているのか……。
リアクションに困っていると、彼はハッとした素振りを見せ「すまない。久しぶりに再会して密室で言うことではなかった」と申し訳なさそうに言った。
「じ、実は先日、一人でタイを買いに出かけたのだが――」
彼はせき払いを一つして、照れくさそうに話し始めた。
「いろいろと考えすぎて決められなくなってしまった。それで、リア殿に選んでもらえたら、と」
「大切なお仕事なのですか?」
「おわびをしに行かなければならない……」
「お仕事で謝るのって大変ですし、疲れますよね」
「おわびの言葉を考えるだけで頭がいっぱいだ」
仕事で謝るのは結構パワーを消費するものだけれど、相手も人間なので見た目の印象が良い人のほうがスムーズに事が進む。
つまり、本日のわたしのミッションは、このイケメン様が最高にステキに見えるタイを選ぶことだろう。
彼のエスコートで馬車を降りると「アテリエ・モーダス」と書かれた看板が目に入った。お店の前にはドアマンがいて、笑顔で中に入れてくれる。
尻込みするようなお値段の商品を扱っているわりに、店員は気さくで感じが良く、思っていたよりも居心地の良いお店だった。
中は緩やかに区分けがされていて、左がメンズ。右へ行くにつれてレディースのアイテムが増えていく。商品の数は多く、バッグや靴、アクセサリーまで、身に着けるものは一通りそろえられそうだ。広い通路はドレスを着ていても歩きやすい。
店内にはチラホラとお客さんがいた。グイグイ声をかけて売りつけるタイプの販売員はいない。ちょうどいい感じで放っておいてくれる余裕があった。
「なかなかに良いだろう?」と、彼はにこやかに言った。「こうして並んでいるのは既製品だが、頼めば自分の好きなように仕立ててもらえる。二階へ行くと、布地の見本が山ほどある」
長身の男性店員がヴィルさんを見つけ、歓迎の笑顔を浮かべながら近づいてきた。なじみの店員さんらしく、二人の間にはリラックスした空気が流れている。
「リア殿、候補のタイは四つだ」
ヴィルさんは一つずつ試着して見せてくれた。
騎士の制服は、思っているほど厳格な規則はなく、上から下まですべて決まっているのは特別な行事の時に着る礼装のみ。普段の仕事なら「シャツとタイは常識の範囲内で自由」となっているそうだ。タイが要らない立ち襟タイプのステキな制服もあって人気だと聞いた。
こちらでは多種多様なタイが普段使いされており、その奥深さには驚かされる。彼が愛用しているのはアスコットタイのようだ。四つ折りのスカーフに似ていて、ネクタイのように結ぶこともできるし、スカーフのように巻くこともできる。スカーフリングを合わせたり、ピンで留めたりとオプションも豊富だった。
――ただ似合うものを選ぶだけだと思っていたけれど、ちょっと甘かったかも……。
彼の恵まれたルックスで似合わないものがあるとしたら、せいぜい「ひょっとこのお面」くらいだ。候補になった明るいブルー、紺、赤系に、光沢のあるシルバー、いずれも彼に似合っていて、一つに絞るのは困難だ。
店員さんもわたしに同情的で「全部買っていただいて、当日の気分で決められては? 割引いたしますよ」と、素晴らしい提案をしてくれた。ところが「当日の朝に一人で悩むのは嫌だ」とヴィルさんはそれを却下。
「おわびをする相手は初対面なのですか?」と尋ねた。
「私生活で顔を合わせたことはあるのだが、込み入った話をするのは今回が初だ。こちらは少々分が悪い」
「では、いつもよりきちんとする感じですね。見た目の印象は大事ですから」
「そういう意味だと青系は普段着けていることが多いから今回は除外しようか」
紺とブルーが候補から消え、残りの二択になった。こうなったら、わたしの趣味で押し切ってしまおう。
「個人的には、この銀色のタイがすごくステキですし、お似合いだと思います」
「そうか! そう言ってもらえるとうれしい。よし、決まりだ」
どうにか、お役目は果たせたようだ。彼が会計をしている間、そばにいた店員さんが労いの言葉をかけてくれた。
「なぜかタイだけは本当によく迷っていらっしゃるので、また選んであげてください」と言う。
あまり安請け合いはしたくないけれど、万が一にも「次」があったなら、助っ人として侍女も連れて来て多数決で決めたい。
どうか、ヴィルさんのお仕事がうまく行きますように……と、心の中で祈った。
「リア殿も何か見ていかないか?」と、彼が言ってくれたので、髪留めを一緒に選んでもらうことにした。
ちょうど普段使っているものが壊れて修理に出したばかり。侍女長から「気に入ったものがあったら購入を」と言われているので、何度か買おうと努力はしていた。ただ、身の丈に合わない高級品ばかりが候補として宮殿に持ち込まれるので、決心がつかず保留になっている。
売り場で値札を見ると、今まで候補になったものと比べて二桁も安い! ここで手頃なものを見つけられれば、相当な節税になりそうだ。
「街歩きをするなら、この百五十シグくらいまでだろうか」と、ヴィルさんが聞いてきたのでうなずいた。
店員さんを交えて幾つか候補を選んでいると、そこに彼が「これも似合う」と次々足していく。
良い物しか扱っていないお店だけに、たくさんの候補から一つに絞るのは至難の業。結局、わたしまで決められなくなってしまった……。
「任せてくれ。リア殿を窮地から救うのは私の仕事だ」
候補を増やしてわたしを窮地に追い込んだ張本人が、キラキラ・キラースマイルを放った。
彼はじっくりと検討したうえで、二つに候補を絞り込んでいく。
「よし、最終決定戦だ。これとこれなら……やはり、こっちだな!」
見事トーナメントで勝ち残ったのは、揺れる花のチャームが付いたピンクの髪留めだ。髪に着けたときのイメージがわかりやすいよう店員さんが持ってくれたので、鏡で最終確認をした。
すると、横から「ああ、たまらないなぁ」とセクシーすぎるひとり言が聞こえてくる。女性の店員さんと鏡越しに目が合い、思わず二人で赤面した。
「これは私の前でだけ着けるというワガママを聞いてもらえるだろうか」
彼はまた髪を一束すくい上げると、わたしの目を見つめたまま、髪にキスをする。体がプルプル震えて、彼の瞳から目が逸らせない。
ただ、彼の要求どおり「彼専用」にしてしまうと、普段使い用としてもう一つ買わなければならない……まあ、いいか。選んでもらったし。
了承すると彼の表情がパッと明るくなり、ビュンッと会計へ飛んで行ってしまった。
「あ……」あまりに速すぎて追う気力も出ない。
あとで精算してもらわなくちゃ、と肩を落とした。また改めて侍女と一緒に買い物に来よう。
吐息をつき、ふと力を抜いた時だった。左肩に何かが勢いよくぶつかり、体が弾かれた。
「きゃ……っ」
イケ仏様の焦った顔が見える。先日のように負傷すれば、また周りに心配をかけるし大騒ぎになってしまう。気合いで踏ん張ろうとしたものの、そのままアクセサリーの陳列棚に激突。ガシャン、と音がした。