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厄払い §3

 【治癒】が発動すると、お父様は少しホッとした表情を見せた。

「助かる」と言うと、魔法陣の上をゆっくりと歩いて来る。


 赤い椅子を越えた。

 無事に全身が五メートルの解呪エリアに入ると、体の周りに黒いススのようなものが現れ、パラパラと床に落ちていく。

 お父様は深い吐息をついた。


「兄上、つらくないか?」

「痛みが消えた。だるさもない。おかしな眩暈(めまい)も止まった」

「どこも何ともないのか?」

「ああ。驚いた……。ここまで急に効果が出るものだろうか」

「【治癒】をありったけ浴びたせいだろう」

「体が軽い。何十年ぶりだろうな。若返ったような錯覚すらある。なんでもできるような気がしてくるぞ」


 二人はホッとした表情を見せていた。

 ヴィルさんはお父様の服に付いた黒い粉をパタパタ払い落とすと、ほうーっと息を吐き出し、わたしの隣に立った。

「これでようやく紹介できます」

 彼の表情はやや複雑だったけれど、口元はうれしそうに見えた。

 ようやく、義理の父になる人に紹介してもらえる。


「私の婚約者、神薙のリアです。以後、よろしくお見知りおきを」

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 アゴを引き、左手を胸に当てながら片足を半歩引いて軽く膝を曲げた。

 この国の女性のフォーマルなお辞儀だ。

 スカートの裾が床に落ちると格好が悪いので、右手で軽くつまんで床すれすれの所まで持ち上げる。しかし、足首が見えるほど持ち上げるのは「はしたない」ので要注意。

 長いドレスだと足の動きは見えないけれども、背すじが伸びた状態で頭が上下に動いていることが重要だ。その高低差があるほど美しいとされているため、どちらの足でもいいから「より踏ん張れるほうでやる」のがポイントだ。オルランディア貴族になりたければ脚を鍛えておいて損はない。


 わたしの身分が高いこともあり、このフォーマルな膝折礼は使う場面がほとんどなかった。むしろ「安易に頭を下げるな」とさえ言われているので、数えられるほどしか使わないかも知れない。これはそのうちの貴重な一回だった。


 お父様も礼をもって応えてくれた。

 男性の場合も左手を胸に当てはするけれど、相手の顔を見たまま片足を一歩引くことによって上半身を前傾させる。同時に右手は腰(後ろ)へ回すことになっていた。

 この手の動きは、相手に対して敵意がないことを示すため、剣から離れた場所に手を置いたことが起源らしい。


「ご丁寧に痛み入る。このたびは大変な慈悲を賜り恐悦至極。我が名はカール・オルランド・ランドルフ。王兄で兵部大臣などを務める者――」

 そう言うと、お父様は微笑を浮かべた。

 こんな真面目な場面で不謹慎だけれども、やっぱりイケオジすぎる。

「かつては王太子だの黒豹だのと呼ばれていたのだが、最近では実弟から『呪われ兄貴』と言われ、愚息からは『ひょうきんなオッサン』呼ばわり。しかしながら、命を奪わんとする呪符が何枚も貼られた屋敷で、数十年生きていた奇跡のオヤジ……」


 ぶふっ!

 ダメだ。

「奇跡のオヤジ」で噴き出してしまった。

 とっさに口を押さえたけれど、とてもごまかしきれない。


「腕っぷしと精神の頑丈さには自信がある。王国のため、そして大陸のため。仮に愚息が夫でなかったとしても貴女を守らせていただく」

「心強いお言葉をありがとうございます」と答えると、お父様はニッコリと満足そうに微笑んだ。

「よくできた神薙で驚いた。この短期間によくこれほどの技術と知識を身に着けたものだ。神薙にしておくのはもったいないな」


 また褒められてテレテレしていると、微笑んでいたお父様は急に真顔になって「息子に飽きた際は私の存在を思い出していただきたい」と言った。

 お父様はわざと真顔で冗談を言う人のようだ。

 わたしがクスクス笑っていると、ヴィルさんが髪を逆立てた。

「父上ッッ!! 変なことは言わない約束でしょう!」

「冗談の通じない息子だな……」

「真顔で言うから、わからないのですよ!」

「わからないのはお前だけだ。空気を読め、空気を」

「はあああッッ!?」

「賢い者にしかわからない冗談だ」


 陛下が「ふぐっ、ぐくっ」と謎の音を出したかと思いきや、クックックと笑い出した。

 ヴィルさんのお父様は、色んな意味で想定外の楽しいオジサマだ。

 そしてヴィルさんは、やっぱり今日もワンワンキャンキャンしている。


「リア、もう行こう!」

「あら? お父様の執務室も確認するのでは?」

「そうだった……。とっとと終わらせて帰るぞ!」

「でも、わたし、お聞きしたいことがあって」

「どうした?」

「あのぅ、少し気が早いのですが、お義父様とお呼びしてもよろしいでしょうか」


 殿下とか大臣とかランドルフ様とか、どの呼び方も変なので、もうオトーサマと呼ばせていただけたらと思ったのだ。

 すると、お父様はうれしそうに「是非に」と言ってくれた。

「こちらも周りにつられて、勝手にリアちゃんなどと呼んでしまっているが嫌ではないか?」

「そう呼んでいただけるとうれしいです。家族ですので呼び捨てで全然構いませんので」

「そうか、そうか」

「どうぞ末永くよろしくお願いいたします」

「ああ。しかしまあ、笑うとまた愛らしいな……」


「ちーちーうえー、息子の婚約者を口説くのはやめていただけますか!」

「事実を描写しただけだろう」

「まったく兄弟して油断も隙もない!」

「お前だけだぞ、そんなふうに考えているのは」

 プリプリするヴィルさんを見て陛下とお義父様は顔を見合わせて笑っている。


 ようやく落ち着いてお義父様と話ができると思いきや、突然ガバチョッと抱き上げられた。

「なっ、な……っ?!」

 犯人はヴィル太郎である。


「それでは叔父上、執務室を適当に解呪して帰りますので、後始末はお願いします」

「ヴィルさんっ?!」

「父上におかれましては、引き続き身辺にはくれぐれもお気をつけください。できれば護衛をつけていただきたい。我が第一騎士団でも構いませんが、近衛騎士団が妥当でしょう。『俺のほうが強いから要らない』とか言っている場合ではありません。よろしくご検討ください。では、失礼っ!」


 せっかくお父様が身も心もハレバレとしているというのに、肝心の息子が祝うどころか一目散に帰ろうとしている。陛下もあきれ笑いだ。

「素直に喜べば良いものを、面倒くさい(おい)っ子だな」

「そうですよ、ヴィルさん……」


「俺は人生の大半を父、いや、あの呪符に翻弄されてきた。そう簡単には喜べない!」

「降ろしてください」

「駄目だ。リアは俺と一緒に帰る」

「帰る前に少しお義父様とお話を……」

「しっかりつかまっていないと落ちるぞ」

「ひゃあぁっ!」

 彼はわたしを抱きかかえたまま出口へ向かっていく。振り返りもせずにズンズン歩いていく彼の顔はニヤニヤしていた。

 素直にその気持ちを表に出してしまえばいいのに、彼は照れ臭くて二人にこの顔を見せられないのだ。


 わたしがヴィルさんの肩越しに見た二人は、彼を指さして楽しそうに笑っていた。

 お義父様が「また今度ゆっくり来なさい!」と言ってくれたので「また来ます」と手を振った。

 アレンさんはきちんと敬礼をして部屋を出た。


「もうっ、ヴィルさんのヘソ曲がり。失礼ですよ? アレンさんを見習ってくださいっ」

 彼は変わらずうれしそうな顔をしていた。わたしに対してはその喜びを隠す気がないらしい。

「執務室をやっつけて早く帰ろう」

「そんなにうれしそうなのに、逃げるように帰らなくても……」

「うれしいさ。ようやく仮面親子から脱せる、かも知れない」

「それをお義父様に言えばよいのですよぅー」

「そのうちな?」

「わたしはもっとお話がしたかったです」

 ぷくーっとふくれていると、彼が一つ提案をしてくれた。

 毎週やっている陛下と三人の食事会に、お義父様も加えて四人でのお食事にしようと言う。ますます楽しくなりそうだ。


「あのぅ、そろそろ降ろして……」

「駄目だ」

「行き交う人が見ていて、恥ずかしいです」

 それでなくともリボンとタイの色が同じだったり、服の配色も似ていたり、一目で『これぞラブラブ婚約者』という感じが丸出しなのだ。

「ちょうどいい。リアの夫になるとこんなにも幸せなのだと皆にわかってもらえる。思い切り見せつけておこう」

 ヴィルさんは、わたしを抱えたまま鼻歌混じりに王宮内を歩き、お義父様の執務室へ向かった。


 呪符入りの小さな版画と置物が追加で一つずつ見つかったため、今日届いたばかりの荷物と一緒に調査へ回すことになった。

 お義父様は自他ともに認める「奇跡のオヤジ」だった。


 ☟


 後日、ヴィルさんが提案したとおり、お義父様にも近衛の護衛がつくことになった。

 物理的な襲撃に対する備えというより、呪物や毒物などへの警戒がメインの護衛になるらしい。

 ただ、相手は鑑定魔法をすり抜ける悪質な呪符を送ってきているので、護衛だけでは備えとして不十分だと思う。かと言って、わたしがずっとそばにいるのは現実的ではない。


 わたしはユミール先生に相談し、少し違ったアプローチで呪符に対抗する準備を始めた。わたしがそばにいられないのなら、解呪の力がある物をそばに置くか、持ち歩けばいい。


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