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黒豹 §2

「確かに、なぜ父がいるのに、叔父が王なのだろうと思ったことはある」と、ヴィルさんは言った。

 事情があって一時的にいなかったとしても、王族として戻ってきたのであれば、少し時間を置いてから本来あるべき位に収まるのがスジではないかと彼は言う。


「いずれにせよ、オルランド家の転覆を企む勢力から見たお父上は、兵部大臣であろうとなかろうと目の上のコブでしょう。王の資質を持つ者が戦略だけに注力していたら、勝てるわけがありませんから」

 先生はきれいな指をカップに絡めると、上品にお茶を飲んだ。


 本来、内政も外交もやりながら兵を動かすのが王。しかし、今のオルランディアは陛下が内政と外交、軍と騎士団は兄のカール殿下の配下にある。二人の王様が業務分担をしているようなものだ。


「突然王都を去ったとき、お父上は命を狙われていたのかも知れませんね」

 ヴィルさんは足を組みなおして、一つ深呼吸をした。

「俺もそれを考えていた。危なかったから逃がした。逃げざるを得ないほど危険だった。そういうことかも知れない」

 一人のほうが目立たず行動できるし、居場所は知られたくない。だからあえて従者を連れずに一人で王都を出た。黒い服は闇夜に紛れて移動するのに最適だっただけ。養子に行くと言いつつ、おそらくは最初から領地に向かう気はなかった。

 当時のランドルフ子爵は近衛騎士だったので、王から息子を逃がすのに協力してほしいと言われれば喜んで協力したはずだ。

 そうなると、先王が「落馬で崩御した」という話も怪しい、とヴィルさんは言った。

「ちょっと俺、父のことを知らなすぎるな……反省している」


「今、わかっている事実は一つだけです。お父上は命を狙われています。しかも『何年にも渡って、執拗(しつよう)に』と付け加える必要があるでしょう」

「なのに、なぜあの人は近衛をつけていないのだろう。狙われている自覚がないのか?」と、ヴィルさんはあきれたように言った。


「誰が呪符を書いたのか、もしくは書かせたのか。これは大変な罪になりますよ」

 先生は眉間にしわを寄せた。

「呪符の品質はどう思う?」と、ヴィルさんが尋ねた。

「持続期間が長いのが特徴ですね」と先生は答えた。

「影響を受けているのは父だけのようだ」

「そこそこ高度な呪符だと考えてよいかと思います」


 くまんつ様はヴィルさんと先生のやり取りをじっと黙って聞いていた。腕を組んでウゥーンと(うな)っている。

「なあ、さっき言った『王族ゆえに呪符の効果が低かった』みたいな話はどういう意味だ?」

 首のストレッチをしながら、くまんつ様が言った。

「王家の人は魔力量が多いことで知られていますが、少々規格外というか、質が異なりますよね」と先生。

「魔力に質があるのか」と聞かれ、先生は微妙な面持ちで答えた。

「それはむしろ私がお聞きしたいことです。未知の属性なのか、特殊な魔法なのか、学術的に証明はされていません。しかし、何らかの違いが確実に存在します。オルランディアに限らず、ほかの王家も同様でしょう」

「元王家も含む?」

「はい。おそらく皆さん自覚はあると思うのですが?」

「ふうん……」

「王家の方々には秘匿すべきことも多いので、なかなかすべてを話してはくれません。協力していただければ、いずれ明らかになるでしょう」

 くまんつ様はそれ以上話を深掘りせず、別の質問をした。


「呪符が()さんとしていた目的は、どのあたりだと考える?」

「数打つことで王兄を弱らせようとしたとも考えられますが……それには少し違和感があります」

「俺もそう思う」

「専門家の意見をお聞きしたいのですが、仮にオルランディアを乗っ取ろうと考えた場合、戦略的な観点でこの呪符の送り方をどう思われますか?」

 くまんつ様は「スゲーいい質問」と感心したように言うと、あごひげに触れた。

「俺がやるなら大量の呪符を同時に(・・・)送るがな」

「だよなぁ」と、ヴィルさんがくまんつ様を指さして言った。「呪符だけで敵国の王都を落とせるなら、もっと頻繁に王が変わっているはずだろ?」

「武力衝突は必然だろうな。呪符で指揮官が弱った頃を見計らい、一気に攻め込む。俺が敵の軍を引きつけている隙に、ヴィルが城もろとも王を丸焼きにする」

 ヴィルさんが「丸焼き」と言って笑うと、くまんつ様も「お前は手加減が下手だからな」と笑った。

「最終決戦まで長くてもせいぜい三か月だ。その間にすべてを終わらせる。俺ならのんびりと何年も呪ったりはしない」

 先生は納得したようにうなずいた。

「百パーセント賛成です。だから『王兄を弱らせる』には違和感があるのです。時間がかかりすぎている」

「別の目的かも知れない」

「そうすると途端に何も思い浮かばなくなります」

「俺もそうだ。さっきから何も思いつかない」


 背すじがゾワゾワとして、また恐怖が沸き上がってきた。

 二の腕をシャカシャカさすってみたものの、わたしの意に反して体がプルプル震える。

「冷えましたか?」と、アレンさんが肩にストールを掛けてくれた。

 ううっ、優しい……。

 ヴィルさんがギュってしてくれたら無敵感に包まれて落ち着けそうなのに、彼はわたしの隣ではなく一人掛けの豪華ソファーに足を組んで座っていた。カッコイイけど、ちょっと寂しい。

「そばにいて欲しかったな」と思いつつ、わたしはモソモソと大きなストールにくるまってアレンさんにくっついた。

「まだ怖いですか?」と彼が聞いてきたので、小刻みにコクコクとうなずいた。

「大丈夫。何も怖くないですよ。私がそばにいます」

「アレンさん……」

「あなたのおかげで、今まで自分になかった観点で物事を見ることができました。こういうことがあるから、私はあなたともっとわかり合いたいと思うのです」

 彼は小声で言うと、わたしの肩を包んで優しくさすった。そして、くまんつ様に向き直り「横からすみません」と声をかけた。


「王兄を殺す狙いは『国を奪うこと』で合っていると思いますよ。もう少し細かく言うなら、土地と民と神薙が欲しいはずです。なぜなら、オルランディアはその三つがそろって価値のある国だからです。完膚なきまで王家を潰したいが、町はなるべく壊したくない。民にそっぽを向かれると困るので、表向きは穏便に手に入れたいと考えている」

「書記、何が言いたい」と、くまんつ様が言った。

「私は『目的』ではなく『人』が違うのではないかと思いました」

「人?」

「それを企てる『人』です。我々が想定しているような相手ではないということです」

 ヴィルさんの目の色が変わった。

「アレン、まさか敵に目星がついているのか?」


「人が人を攻撃する時、やり方は環境によって個性が出ます。例えば、かつてリア様がいた世界ならば、すべてが魔法抜きで計画されるはずです。我々とは計画の段階から違います」

「確かに」

「王族を『呪符で殺せるはずだ』と思い込んでいる可能性。それを考えてみてください」

「……!」

「王族に呪殺の(ふだ)は効きにくい。毒にも少し耐性があるかも知れない。魔力も強い。変な言い方ですが『死ににくい体質』をしているわけですよね? だから陰謀にも負けず、生き延びて王になれたのでしょう」

「んん、そうかもな」

「家は違えど我々は王の血を引く者。なんとなく肌でそれが理解できます。しかし……」

 アレンさんがまたチラリとわたしを見た。

「そういったことを肌で感じられない人もいます」


「書記、お前が目星をつけた相手は誰だ」と、くまんつ様が聞いた。

「魔力や呪符に縁が遠い人です。重力を知っていても魔力を知りません。学校で護符や呪符について学ぶ機会もない。王族には効きにくいとは知らずに呪符を仕掛け、様子をうかがった。効かないから手を変えながら何度も送ってみる。本当はもっと大量に送りたいが、呪符がなかなか手に入らないのです。しかし、野望はある。そういう『人』の可能性を除外してはいけないと思います」

「まさか、ヒト族の」と、くまんつ様が言いかけると、ヴィルさんが手の平を向けてそれ以上言わないよう制止した。

「誰もヒト族に国を乗っ取られることなんて想定していません。実際、無理でしょう。しかし、やろうとしている輩がいる。このばかげた攻撃の仕方は、ヒト族を前提にすると、すべてがしっくり来ます」


 ヴィルさんが額に手を当て「なるほど」と言った。

 先生とくまんつ様もうなずいた。

「俺は父の若い頃はよく知らないが、歴史と国内外の勢力図は頭にたたき込んである。その情報に『ヒト族のそういう状況(・・・・・・)にある人』という仮説を加えると……」

 ヴィルさんは少し怖い顔で言うと、くまんつ様と顔を見合わせ、互いにうなずき合った。

「父を狙った者に多少は心当たりがあるが、国内にも国外にもいる。ここでその名を口にするのはやめておこう。取り急ぎ王宮へ戻り、叔父に報告をしたい。おそらく、時間をかけて地道に調べていくことになるだろう」


 皆がすっきりとした顔でうなずく中、わたしは目を伏せてうつむいた。


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