入手経路
「クリス、じいと一緒に入手経路の確認を頼む」
ヴィルさんが声をかけると、くまんつ様は「任せろ」と言った。
「修繕とか、途中でこの屋敷からなくなっていた時期があるかどうかも調べてほしい」
「わかった。リア様に負担をかけるなよ」
「うん、わかっている」
わかっていない人ほど「わかっている」と主張するのはなぜなのだろう。
はっきりと返事ができないわたしも悪いのだけど、もう少し救急箱を大事に気づかってくれてもよい気がする。
わたしは目を細め、遠くを見つめた。もう死んだと思って二人についてゆこう……。
広いお屋敷のすべての部屋を三人で練り歩くことになった。
道中、バスルーム前に飾ってあった小さな絵と、ダイニングにあった横長の大きな絵で、まったく同じポルターガイスト現象が発生。
怖すぎて悲鳴も出せず、口をパクパクしたり、顔を引きつらせたり、鼻をつまんでオエーっとなったり、意図せずして顔芸で忙しい肝試しツアーになった。
もう顔面が崩壊するほど怖いしクサイ。
「参考までに聞きたいのですが、リア様の国で『呪い』とはどういうものなのですか?」
ふいにアレンさんが聞いてきた。
しかも、答えるのが難しい質問だ。
「そうですねぇ……相手の髪を人形に入れて、くぎをトントンするイメージが強いです」
「魔法はないのですよね?」
「ないです」
「それは効くのですか? 要は『死ね』みたいな呪いですよね?」
「効かないと思います。単に恨みを体現して、見た人に恐怖やストレスを与えて思いどおりにしようという卑劣な手法です。だから、実際にやる人はいないです」
「ははあ、なるほど。そういうことですか」
アレンさんは何かをじっと深く考えているような様子だった。しばらくすると「すぐに理解できなくてすみません」と言った。
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ゲッソリ疲労して戻ると、玄関ホールにユミール先生がいた。
急な呼び出しにも関わらず、仕事を放り出して飛んできたらしい。
サラサラ艶々のロングヘアーを揺らし、安定のフォトジェニックな美しさを放ちながら、華麗に絵の裏側を調べていた。
先生を見ていると『これぞ異世界の美』という感じがする。さっきまで青ざめた顔で絵を気にしていたメイドさんたちが、一転して瞳を潤ませ、真っ赤な顔で先生を見つめていた。なかなか罪作りな美しさだ……。
「ユミール、どうだ?」と、ヴィルさんが話しかけた。
「額の裏側に貼り付け、さらにその上から薄い板を貼っていたようです」
「なぜ鑑定魔法で引っかからなかったのだろうか」
「様々な細工がしてあったのでしょうね」
「むぅ……」
「見たところ紙も特殊です」
先生は床に落ちた黒いものを指さし、通常は燃え尽きても内容を読み取ることが可能なのに、これは読めなくなるよう細工がされている、と説明していた。
まるで焚き火をした後のようにドッサリと落ちたそれは、効力を失った呪符などらしい。
ヴィルさんは悔しげに舌打ちをした。
「ポルト・デリングの呪符も同じだ。呪符師に燃えカスを見せたが、なんの痕跡もたどれなかった」
「札は書き手の個性が出ます。足がつかないようにしているのでしょう」
「同一人物だと思うか?」
「断定はできません。呪符の内容と目的が違う。手口が似ているなど、ほかの要素もあるのならば可能性はあるでしょうが」
先生とヴィルさんが話していると、くまんつ様と執事さんが戻ってきた。
「入手経路がわかったぞ」
「こっちはさらに二枚、呪いの絵が増えたよ」と、ヴィルさんは手の平を見せた。
「台帳があるから、それで調べよう」
ダイニングの絵は陛下からの新築祝いらしい。
ヤンチャ坊主だったヴィルさんとくまんつ様がダイニングでキャッチボールをした際にボールが当たり、一部が破損して修繕に出した記録が残っていた。
バスルーム前の絵は、お父様が大臣に就任した際のお祝いとして、隣国の王族から贈られた品の一つ。
玄関ホールの絵は、五年ほど前に同じ方から頂いたものだと判明した。
「二枚はルアランの王族からか……」
ヴィルさんは玄関ホールにあった風景画に視線を移した。
隣国ルアラン出身の画家がオルランディア滞在中に描いたものらしい。王宮前の噴水広場でベンチに座った貴婦人が、少年と二人でジュースを飲んでいる姿が優しいタッチで描かれていた。
呪いさえなければ素晴らしい絵だった。
「さすが芸術の都と称されるだけありますよね」と、先生も絵を絶賛している。近年人気が出てきている若い画家の絵なので、そのうち大変な価値になると言う。
「父はルアランの王族とは公私ともに親しい。贈り主は父の学友でもある。俺もルアラン滞在中、この人の世話になったことがあるし、彼らが悪意を持って何かするとは到底思えない」
ルアラン王国は『超絶』友好国だ。
国王の家系図を遡るとオルランディアの王族に当たり、分家のような存在だった。
ルアランの公用語はオルランディア語だし、通貨も同じ『シグ』を使っている。教育システムも同じだと聞いた。
ヴィルさんは使用人の皆さんを持ち場に戻すと、サロンにお茶を用意させて、この件の経緯をざっくりと先生に説明した。
「――最初にお父上の様子がおかしいと感じた時期は、いつ頃なのですか?」と、先生は尋ねた。「これだけ呪符があれば『様子がおかしい』程度で済んでいるのも奇跡ですけれどね」
「俺が学校に入って少し経った頃だ」と、ヴィルさんは昔を思い出すように言った。
「そこそこ絵の入手時期とは一致しますね」
「ルアランの王族に容疑をかけるのは気が進まないというか、やはり腑に落ちないな」
「どこで呪符が仕込まれたのかはわかりませんよ。ルアランとは限らないでしょう」
焼け落ちた呪符の紙が異様に多かったことから、鑑定魔法をすり抜けるような別の呪符なり細工なりが複数仕込んであったはずだと先生は言った。
「個人的な恨みだろうか」
ヴィルさんは厳しい顔つきで玄関ホールのほうをにらみつけていた。
「少々の異常を来たす程度で命を落とさずに済んでいたのは、ここが王族の家だったからでしょうね。おそらく仕掛けられていたものは呪殺の札でしょうから」
先生はハッとしたように途中で話を止め、こちらを見た。
「リア様、大丈夫ですか? 物騒な話をして怖がらせてしまっていたら申し訳ありません」
先生が気遣ってくれたので、わたしは一応「大丈夫です」と答えた。
肝試しツアーにもう一度行ってこいと言われたら泣いて抗議をするけれど、今のところ話を聞いているだけなのでギリギリセーフだ。
ただ、ついつい手に力が入ってドレスのスカートを握りしめてしまうので、なるべく早くお暇させていただきたいとは思っている。
「しかし、妙だよな」と、ヴィルさんが足を組みなおしながら言った。
「もし、俺なら王兄ではなく王太子を狙うぞ? なぜ王太子が隣国でフラフラしていて、俺の父が呪われているのだろう。父が王太子だった頃ならいざ知らず、今は王位継承権こそ持っているが王太子のほうが継承順位は上だ。父が王になる可能性はないに等しい」
先生は顔にかかった髪を耳にかけながら「お父上がオルランディアの戦略上の要だからでは?」と言った。
「兵部大臣を狙っているということか?」
「いいえ、大臣でなくとも殿下は狙われる気がします」
先生はそう言うと、静かにお茶を飲んだ。
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