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お手伝い §1

 明らかにいつもとは様子の違う手紙が届いた……。

 ヒクヒクと鼻を動かしながら便箋を開くと、ヴィルさんの香水の香りがブワっと広がり部屋を満たす。

「こ、これは……?」

 侍女たちが目を輝かせて歌い出した。

「リア様、それは~♪」

「会いたいときに~♪」

「す~る~こと~~♪」

 くるくる回ってポーズを決めている……。

 彼女たちいわく、手紙に香水を振りかけるのは「私を思い出してください」の意味だとか。

 手紙を読むと、最後にこんなことが書いてあった。


*---

 話は変わるのだが、お願いがある。

 実は近々、仕事で重要な人物と会わねばならない。それにふさわしいタイを一緒に選んでもらえないだろうか。

 行きつけの店が南一区の商人街にある。もしよければ、夕食も一緒にどうだろう。

 良い返事がもらえることを期待している。候補日は――

---*


 侍女たちはうっとりとした表情で「デートのお支度をいたしましょう」と言う。けれど、わたしの心は期待と戸惑いの間で揺れていた。

 男性からの「お願いごと」を恋の始まりだと考えるのは少し気が早いようにも思えるし、身分を明かさない者同士の関係なんて、そう長くは続かない。

 お披露目会を境に、お見合いという正規ルートができるので、ヴィルさんとの関係も変わるはず。

「なんだ神薙だったのか」とガッカリされるリスクがある以上、ここは深入りしないほうがいい。タイを選ぶ「単なるお手伝い」として受け入れるのが最善だ。

 まずは貴族ルールの確認や、護衛の必要性を鑑み、オーディンス副団長に相談することにした。なにせ彼は躊躇(ちゅうちょ)なく「神薙を守ることが自分のすべてだ」と言いきってしまう人だ。もし、彼が反対するとしたら、それは本当にやめたほうがいい場合だろう。

 その日、彼はお披露目会の打ち合わせでバタついていた。

 会議が終わった頃を見計らって一階へ降りていくと、そこには会議後によく見る光景があった。騎士団員に取り囲まれたイケ仏様が、聖徳太子のごとく相談に乗っている。彼が部下をさばき終えるのを待ってから声をかけた。

「どうされました。なぜそんなお顔をしているのですか?」と、彼は心配そうに言う。

「実はご相談が……」

「とにかく、こちらへ」

 彼はジェラーニ副団長からむしり取るようにわたしの手を取り、サロンへ向かう。

「あ、あの……っ」

 わたしは手を引かれるがまま、それについていった。


 サロンに入ると、いつもの場所――暖かい窓際のソファーに腰かけた。ところが、どこからともなく冷たい風が入ってきて足元をなでていく。

 向かい合わせのソファーに腰かけた彼の眉間には、縦に深いシワが刻まれている。

 ――お、怒っているのですか? まだ何も話していないのに?

「どこのどいつですか。貴女にそんな悲しい顔をさせているのは」と、彼は言った。

「悲しいわけではないです」慌てて手を振って否定する。

「例の騎士のせいではないのですか? 事と次第によっては、私がぶちのめしに参りますが?」

 彼が拳をぐっと握った瞬間、ビュオッ!と、風が舞い上がった。ドレスの裾が大きく揺れ、風に(あお)られた髪がブワーッと顔に掛かる。

「きゃあッ」

「しまった! リア様ッ!」

 ――さ、寒ぅーい……

 彼は慌てて奥のソファーへひざ掛けやストールを取りに行き、わたしの肩と膝に掛けると、髪留めに絡まってぐちゃぐちゃになった髪を直してくれた。

「申し訳ありません。少し魔力が漏れました。どうも近頃、制御が利きづらくて。以後、気をつけます」と彼は言う。

 腹を立てると魔力が漏れるのだとしたら、彼の怒号で玄関ホールの天井がビリビリした日はどうなっていたのだろう。


「――それで、相談とは?」と、彼はメガネの位置を直した。

「わたしの母国は、ここに比べてかなり自由でして、神薙のような人もいなければ身分制度もなかったのです。だから、何をするにも『こちらでは非常識なのでは?』と気になってしまって……」

 彼は相づちを打ちながら真剣に話を聞いてくれている。

「お披露目を控えた神薙が、外を男性と二人で歩くのは非常識でしょうか?」

「いいえ。神薙の場合、むしろ一人のほうが珍しいと言えます」

「では、一般の貴族令嬢だったら?」

「独身の貴族令嬢もデートはしています。相手は婚約者であることがほとんどですが、そうでなくてはいけないという決まりはありません。つまり、問題はないですね」

 良かった。とりあえずお出かけそのものに問題はない。

 むしろ問題は、護衛の彼がお披露目会のために忙しいことかも知れない。


「リア様、神薙でいるのはお嫌ですか? いまだに身分を明かさないまま手紙のやり取りをなさっていますよね」

 ふいに彼が言った。

「私が先代の話をしたせいで……」と肩を落とすので、わたしは慌てて首を横に振った。

「そういうわけではありませんからっ」

 先代の神薙が悪女なのは彼のせいではないし、神薙という特別なフィルターを介して見られたくないのは、わたしのわがままだ。

 彼はトレードマークのメガネを外し、眉間を指で押しながら吐息をついた。

 急にイケメンが飛び出してきたせいで、わたしの喉が「ひぅ」と鳴る。

「どう説明をすれば、この国に来たばかりのあなたにわかっていただけるのか……」と、こちらの気も知らず彼は悩んでいる。

「あなたは王国が誇るべき神薙であり、その歴史を塗り替える存在です。無理に名乗れとは言いませんが、我々はあなたの護衛であることを誇りたいのです」と、彼は静かに言った。

「すみません。でも、お披露目会までは……」

「なるほど。それまでの期間だけ、ということですね」

 彼はメガネをかけ直すと、こちらの意図を見透かすように日程を尋ねてきた。

 慌ててポケットからメモを取り出して候補日を伝えると、彼は人差し指と中指をきれいにそろえ、ビシッとお披露目会の十日前を選んだ。

「こちらの日で調整をしましょう」

 彼のメガネのフチが鋭く光っていた。

「ううっ、ありがとうございます……」

「リア様のすばしこさを踏まえ、護衛は大幅に増員しますが、一般市民に紛れてついて行きます」

「すみません……今回は気をつけますので」

「彼は家名を伏せるような面倒くさい人物ですが、独身ですし、今のところ妙なうわさもありません」と彼は言う。

 無事外出できることになり、ヴィルさんに返事を書いた。

 一度は夕食をご一緒する約束をしたものの、お披露目会用ドレスの最終チェックが重なってしまい、初めての外食は残念ながらお預け。代わりにカフェでお茶をすることになった。


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