茶会計画
リアが宝石のようなチョコレートを作った。
定番の甘ったるい飲み物ではなく、そのまま食べる手の込んだ茶菓子だった。
つるりとした球状の外側に歯を立てると薄い表面がパリっと音を立てて割れ、クリームを含んだ軽くて柔らかな層が出てくる。舶来酒の華やかな香りが漂い、表面のほろ苦い層と中のまろやかで甘い層が混ざりながら舌の上で溶けていく。
中心部分には薄く飴のかかった木の実が仕込んであり、カリッと砕けて香ばしさが襲ってくる。俺の口の中で幸福感が膨張し、心が溶けるようだった。
とてもではないが一つや二つでは終わりにできない。もう、永遠に食べ続けていたい。
彼女はその奇跡のような茶菓子を「トリュフチョコレート」と呼んでいた。入手困難な高級キノコの名をつけるとは粋だ。
ベルソールが見たら目をランランとさせて「店を出しましょう。これは売れます。名前も最高ですよ!」と言うに違いない。
もし、どこかで売るのなら、宝石店で売ったほうがいいだろう。もはや菓子の域を超えた珠玉の菓子なのだから。
「茶の席の宝石か。それはまた興味深いな」
クリスは身を乗り出した。
「茶にも合うが珈琲にもいい。不思議なことに蒸留酒にも合う。彼女は天才だよ」
俺が美味さを力説していると、彼は確信めいた顔をしていた。
「ヴィルは慣れてしまっているかも知れないが、リア様の菓子は現時点で門外不出。茶会で出せば、あの朗らかな性格に加えて大きな武器になるぞ」
未知の菓子が出てくる茶会なら、客は用事を放り出してでもリアに会いに来るだろう。
彼女は茶と菓子に詳しい。
優雅な立ち居振る舞いでテーブルでの行儀も完璧。茶を飲んでいるだけで絵になる。
普段から取り込んでいる情報量が多く、相手の話は熱心に聞くし、会話は話題を選ばない。アレンの言葉を借りれば「そこら辺に落ちている石ころの話から、政治の話までなんでも来い」だ。
ふと婚約発表の日の晩餐会を思い出した。
彼女は|カタブツ揚げ鶏クソジジイ《ヨークツリッヒ》と、わずか二十分ほどで工場建設の話をまとめてしまった。
冷酷で血の通っていないようなジジイが、笑みを浮かべながら彼女に孫の話をしていた。ベルソールを紹介してやった俺に、感謝の手紙と揚げ鶏屋の無料券を大量に送ってくる変貌ぶりだ。クリスにもだいぶ渡したが、俺は向こう四年くらい揚げ鶏屋に金を払わずに済みそうだ。
「菓子すらも必要ないかも知れない」と、俺は言った。
つい鼻息が荒くなってしまった。俺はワクワクしていた。
「クリスの言うとおり、夫だけが味方ではないぞ」
「そうだろう?」
「リアと話すことで化学変化を起こす人間がほかにもいる可能性がある。その結果、大金を稼ぎ出す者が出てくるかも知れない。恩義を感じた貴族は彼女を裏切らない! 茶会は名案だ。第二の揚げ鶏クソジジイを探すぞ!」
「ヨークツリッヒ伯だろ……。昔から北西貴族をまとめている盟主だぞ? お前もちゃんと仲良くしろよ?」
問題はどこで茶会を開くかだ。
リアの宮殿に初対面の人間を入れるのは気が進まない。
「最初は別の場所でやればいいだろ」と、クリスがのんきに言った。
「外だと警備が大変だろう」
「親しい団員が交代で同席すればいいだろうが」
「斬新だな。護衛が参加者としてリアの隣に座ると言うのか?」
第一騎士団は貴族の令息が多いので、隣にいても違和感がない。
客も騎士団員の前で悪さはしないだろう。
隣に知り合いがいれば彼女の負担も少なくて済む。
彼は畳み掛けるようにそう言った。
……名案だ。少人数の茶会にしておけば目も届きやすいし、リアも親しくなりやすい。
「しかし、同じ場所に通い続けると狙われないか?」新たな懸念が浮上した。
「それならアチコチで開催すればいいだろ? 警備面も大事だが、リア様が飽きずに参加できることも重要だぞ」
「そんなこと、できるだろうか……」
「良さそうな場所を挙げよう。俺の得意分野だ」
クリスは懐から手帳とペンを出し、王都内で小規模な茶会が安全に開催できそうな店の一覧を書き出した。
彼は仕事で外に出ることが多く、もともと社交的なため、こういった情報にはめっぽう詳しかった。
「一時間単位で個室を貸し切れる店が結構ある」
「そうなのか」
「お前はこの一覧に書いてある場所を優先的に、都内の茶屋を片っ端から調査させて計画を作ればいい。郊外まで含めたら、かなりの数が会場候補に挙がるはずだ」
茶会の企画を詰めていると、彼が思い出したように言った。
「リア様は女性の友人を欲しがっていたな」
「最初の友人候補になる令嬢がアレだ。今は難しい」
本来ならば、ヒト族筆頭貴族のエルデン伯令嬢が最初の友人候補になる。
ところが、その張本人が不敬を繰り返し、一家もろとも王宮への出入り禁止処分を受けている有り様だ。
格下の令嬢に話を持ちかけても、常識的な家ならエルデン伯家に遠慮して、よい返事はしないだろう。
「既婚者とか年上では駄目なのか?」と、彼は手をひらひらさせながら尋ねた。
「性格によるかな。面倒くさい女でなければ」
「それなら天人族の侯爵家に嫁いだヒト族の夫人も候補に入れてやれば?」
彼は落ち着いた様子で落花生を口に放り込むと、ボリボリと音を立てた。
確かに、既婚女性でも良いことにするなら幅は相当広がる。
俺は叔父と計画を詰めることにした。
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クリスはまた落花生を次々とむいていた。
「それにしても書記の奴、陛下の前で自分を二人目の夫に推されていながら、よく反対できたな」
彼は落花生から目をそらさず、感心したように言った。
アレンはリアのためにならないと思ったら、己の幸福すら簡単に手放してしまう。そういう男だから信頼されているのだろう。
リアはアレンのことを男として意識している気がする。
「メガネを外すとカッコイイ」と言っていたし、彼からもメガネを外すと彼女が動揺して目を合わせてくれないと聞いた。あれだけ一緒にいて何も進展しないことは考えにくい。
一方、クリスはリアにとって英雄であり、彼女は常々「くまんつ様が大好き」だと言っている。しかし、惜しいかな、圧倒的に彼女と会う機会が少ない。
「今は無事に結婚して良き夫婦になることを考えろ。お友達づくりを優先してもらい、二人目の夫のことは後回しだぞ」
彼は落花生に向かってくぎを刺すように言った。
「俺とリアなら大丈夫だ。来たる初夜の準備もそろそろ始めなければと思っている」
「はあ? なんの準備だって?」と、彼は顔を上げて手をはたいた。
「初夜だよ。入念に準備をしないと……」
「俺が冷静でいられるうちに、その下品な指を引っ込めろ! ぶっころすぞ、この大バカ野郎!」
「何が下品だ! 重要な務めだろ。俺が失敗したら、この大陸の天人族はお終いだ!」
「……そ、それもそうだが」
「わかってくれよ! 俺を一人にしないでほしい。彼女のお友達づくりも大事だが、この重責を分け合える俺のお友達も必要なんだよ」
「わかっているよ。お前には……いいから指を引っ込めろッ!」
「頼むから、早く夫に加わってくれ」
彼女に関するあらゆる情報を共有し合いたい。俺一人では心許ない。
お読み頂きありがとうございました(*´ー`人)




