宗派問題
「リア様が聖堂に立ち入れないのは、この国で起きている分裂が原因です」
「宗派争いのような? 同じ教典なのに解釈が少しずつ違うとか」
「そのとおりです」
エルーシア聖教は東西南北で宗派が異なる。
その四宗派の一つである東方聖教が、中でさらなる宗派分裂を起こしているようだ。
この大陸にいた最後の聖女が亡くなった後、聖職者たちは「亡くなった聖女の代わりに誰を祀るか」でモメたそうだ。
存命中の聖女を崇拝するのが当たり前だったので、いなくなって混乱したのだろう。その結果、五つの宗派に分裂してしまった。
・原理派:最後の聖女をそのまま崇拝
・西派:西の聖女に変更した
・南派:南の聖女に変更した
・北派:北の聖女に変更した。現在は解散している。
・神薙派:何を血迷ったのか、先代の神薙を祀っている
当初は四つの宗派に分裂しており、そこに変わり種の「神薙派」が加わって五つになった。十年ほど前に「北派」が解散し、現在は四宗派が残っている。
王都中央大聖堂は「原理派」だ。
しかし、他宗派が祀っている聖女の石像を庭に配置することで容認する姿勢を示している。
「そうしなければ中央集権を維持できないので、苦肉の策でしょう」と、アレンさんは言った。
各宗派は活動資金を集める目的で、民を勧誘しなければならなかった。
他宗派と違うところは聖女だけなので、まずはその功績や御姿などを語ろうと試みた。
ところが、行ったこともない大陸の、しかも秘匿性の高い聖女について情報を集めることは困難だった。どのような人物かもわからないので、石像を作るのも一苦労。民へのプレゼンテーションも思ったほど上手くいかなかった。
その一方で、民は聖職者たちの動きに戸惑っていた。
しかし、教会や聖堂は大切な心の拠りどころ。
神様は世界中どこへ行っても同じだし、大陸内であれば聖女の像が違うだけで教えの内容は共通だった。
結局は今までどおり、通い慣れた教会や聖堂へ足を運ぶ人が多かったらしい。
「大騒ぎしていたのは聖職者だけで、民にとって宗派なんてどうでもよいことなのです」
アレンさんは手の平を天井に向けながら言った。
何派なのか聞いてみると、彼は無宗派だと言う。
「父から聖堂へ足を運ぶことを止められています。今、そういう貴族は意外と多いですよ」
「それはどうして?」
「彼らは寄進が目当てで、貴族の信徒が欲しくてたまらないのです」
分裂した結果、宗派ごとにお財布が分かれてしまった。
活動費や所得が落ち込み、信者数を増やさなければならない。しかし、庶民の行動を変えることは難しいので、できればお金持ちの信者が欲しい……。
「リア様が聖職者ならどうしますか?」と、彼は言った。
「そうですねぇ。まずは貴族の方とお友達になりますね。それで『もし良かったらこちらにいかがでしょうか』とお誘いして……」
「はははっ、あなたらしいですね」
「難しいですよね」
「彼らは競い合うように裏金を渡して買収を試みました」
「え……?」
「おかしいでしょう?」
聖職者の皆さんは、だいぶ迷走していたらしい。アレンさんも説明しながら笑ってしまっている。
「あのぅ、お金が欲しいのに、お札束をばらまいたのですか?」
「そう。アホでしょう? 私なら絶対にしないです。誰もがアホだなと思うようなことを、当時の聖職者たちはやっていました」
お金をもらいたいのか、ばらまきたいのか。
神を信仰したいのか、それとも神に唾を吐きたいのか。
「慣れないことは準備なしにするものではない」と、ヴィルさんがおミカンをむきながら言った。
「人には得手不得手というものがある。俺も『明日から聖職者になれ』などと言われたら、相当おかしなことになるぞ? すその長い服でつまずいてコケまくるだろうし、信者に向かって説法なんて無理だしな。何を話したらいいのかわからない」
神と民に「与えて・尽くしていた」人たちが、急に人から「何かもらおう・奪おう」とした。慣れないことをしたから、いろいろとおかしくなってしまったのかも知れない。
ただ、それも今は昔。
現在の聖職者たちはすっかり慣れた様子で、一様にお金に汚いという話だった。どの宗派もお金目当てで身分の高い人とのつながりを欲しがっている。
だから教会にも聖堂にも行かず、無宗派の貴族が増えているそうだ。
わたしが中央大聖堂へ初詣に行けば「神薙様は原理派だ」ということになり、ほかの宗派がざわつくだろう。西派や南派の教会に行っても同じことだ。そうかと言って、孤軍奮闘している神薙派の教会へ行くのも違う気がする。
ややこしいので聖堂見学も初詣もお預けだ。
お家で勝手に二礼二拍手一礼して、遠い日本にいる八百万の神々にお願いしたい。
今年も皆が健康で、幸せであるように。
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その後、何度目かのトリュフチョコレートを作り、ヴィルさんにプレゼントした。
愛する人にチョコを贈る日があったのだと説明すると、彼は宝石のような瞳をうるっとさせるほど喜んでくれた。
わたしは短い期間に「いつもの冬のイベント」を必死に詰め込んでいた。
帰れないと言われても、自分が日本人であることを忘れるつもりは微塵もない。
でも、こんなに急いでアレコレやる必要があったのかは少し疑問だ。
望郷の念に駆られているのか、単に自分のペースを乱さないようにしているのか。何もかも失った感じを薄めようとしているのかも知れないし、目に見えないストレスが蓄積しているのかも知れない。自分でもよくわからなかった。
無意識のうちにアレもコレもと行動してしまう。時々自分のコントロールが利かなくなっているような気もした。
「リア、どうした? 何を考えている?」
ヴィルさんがのぞき込んできた。
「んっ? あ、いいえ。えーとぉ、また、おでんを作ろうかな、と」
「いいね。では、買い物メモを作るか」
「そうしましょう」
買い物メモを作っていると、アレンさんが小声で「無理をしてはいけませんよ?」と言った。
わたしが口角を上げると、彼は少し困ったような顔をしながら同じように口角を上げた。
おでんは二度目のほうが美味しかった。
お読みいただきありがとうございました。
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