白い女再び
キッチンに立つ頻度が高くなったのにはもう一つ理由がある。
舞踏会の後に『リア様の専用厨房』が誕生していたからだ。
厨房には以前から何度か改修工事が入っており、執事長からは「老朽化対策をしている」と聞いていた。しかし、一連の工事は「拡張工事」だったらしい。
事前に隣のリネン室との壁がぶち抜かれており、わたしが舞踏会へ向かう時間を見計らってキッチン設備を入れる業者を呼んでいた。
わたし専用のキッチンは、ヴィルさんからのサプライズプレゼントだった。
すでにドレスとお飾りを頂いていたのに、本人いわく「オマケ」だそうだ。
憧れの対面式カウンターになっていた。
お掃除をするだけでも楽しいし、シンクの蛇口をなでているだけで幸せ。用がなくても足が勝手にキッチンへ向いてしまう。カウンターでお茶を飲みながら読書をしては、デヘデヘとニヤけている。
そんなある日、ふと気がついてしまった。
バタバタしているうちに、地球の暦で年を越してしまっていたのだ。
自作の地球カレンダーを見る限り、日本ならもう三月に突入している。
少しズレてやって来るこの国の新年について話を聞いてみると、悲しいほどアッサリしていた。
オルランディアには新年を祝う習慣がないらしい。元日は祝日ですらなく、公の機関もフル稼働している。
『聖人の日』という祝日が別にあり、新年よりもそちらのほうが大切なのだとか。
クリスマスと旧正月のようなものだろう。
日本にいると、クリスマスが終わり次第、お正月の飾りつけに切り替わるのが当たり前。ところが、クリスマスと旧正月を大切にしている国へ行くと、年明けまでツリーがほったらかしのところが意外と多い。
職場に外国人が多かったので「新年なんかどうでもいい派」の考えは理解しているつもりだ。しかし、わたしは日本人なので、どこにいてもお正月は祝いたい。
だいぶ遅くなってしまったけれど、ひっそりとお正月をやらせてもらおう。
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「ずいぶんとたくさんの材料を必要とするのだな、そのオセッチーという料理は」
買い込んだ食材を見てヴィルさんが言った。
発音の関係で、おせちが「オセッチー」になってしまうのはご愛嬌だ。まるで湖に現れる謎の巨大生物のような名前だけれども、彼が言うとかわいいのでヨシとしたい。
「良い一年になるよう願掛けをするお料理なのです」
「料理に願いを込めるのか? どうやって?」
おせちはダジャレとこじつけによる縁起かつぎの詰め合わせ料理。これを食べずして、わたしの一年は始まらない。
いつもは母と二人で支度をしていたけれども、今年は一人でやってやる。
「こんな所にいたー!」
厨房改修の際に移動したリネン室を見ていたら、侍女長に隠されてしまった白の割烹ドレスを発見した。
引っ張り出して装備し、髪をフルアップにして白い三角巾で覆えば準備万端だ。
侍女長が「死ぬほどダサいのでおやめくださいっ!」と必死に抵抗している。
フッフッフ……もう遅い。
「いよぉっしゃぁ、やりますよぉぉ〜」
淑女らしく(?)気合いを入れた。
わたしの姿を見たアレンさんが「おっ」と反応した。
顔面グルグル巻きはしていないけれども、看病していたときのスタイルなので彼の言いたいことはわかっている。
「白い女、再び参上いたしました」と敬礼してみせた。
「はははっ、お久しぶりですね」と、彼も敬礼を返してくれた。
「味見係をお願いしても?」
「もちろん。お任せください」
わぁーい♪
わたしたちは踊るように厨房へ向かった。
☟
異世界でのおせち作りは、発想の柔軟さが求められる。
手に入らない食材や加工品が多いので、日本のおせちを完全再現することは不可能だ。
黒豆は手に入らなかったし、栗の甘露煮も売っていないうえ、生の栗も季節外れで手に入らない。
イクラか数の子を買おうと向かった魚屋さんでは「魚卵のみの販売はしていない」と冷たくあしらわれた。
ターロン市場でモチ米は手に入れたものの、それをどうにかする道具がない。
オルランディア人はお餅をつかないので、餅つきマシンもなければ臼と杵もないのだ(だからヤキモチという言葉も通じない)
事前に料理長と打ち合わせをして、初めからオルランディア人向けの味付けで作っていくことにした。
「まめに生きる」の縁起物は、大豆と豚肉をトマトと一緒に煮込んだポークビーンズだ。
トマト味の煮豆はオルランディアの国民食と言っても過言ではなく、朝食には必ず登場する。日本人にとっての納豆のような存在だ。
「魔除け」の紅白かまぼこも手に入らないので、潔く代替品として紅白の野菜を使って酢漬けを作った。
「金の山」こと栗きんとんの代理を務めるのはスイートポテトだ。
「子だくさん」を期待されている神薙様が、魚卵を手に入れられないのは致命的だった。
馬車を飛ばして魚市場へ突撃し、子持ちニシンを入手した。卵だけでは売ってもらえないので、親ごと買う作戦である。
料理人にさばいてもらい、卵を塩漬けにして数の子に。ニシンは昆布巻きにした。
お餅は断念せざるを得ず、代わりに巻きずしを作った。
味見担当のアレンさんはニコニコしながら上機嫌で調理を見守っていた。
料理長が味を調え、彼が「美味だ」と言うのを確認してから完成とした。
伊達巻き、田作り、紅白なます、お煮しめ、ブリの照り焼き……と、準備や下ごしらえも含めて三日ほどかけて作り、当日のお食事前に料理人がタイとエビを焼いてくれた。
多少至らぬところはあるけれども、異世界の食材で作ったと考えれば大健闘だろう。
大きなお皿に少しずつ盛り付ければオセッチーの完成。
やはり料理長は偉大だ。わたしが作ったおせちとは思えないほどおしゃれなお料理になってしまった。
仕事部屋から出てきたヴィルさんは、ダイニングで目を輝かせていた。
ひとつひとつの料理にある意味を説明すると、彼は感動した様子だった。
「シャレが利いているし、リアの願いと祈りが詰まっている。縁起を担ぐという考え方も好きだ。何より美しい。オセッチーがこんなに品数のある料理だとは思わなかったよ。豆を煮込むと言っていたから、てっきり全部一緒に煮るのかと……」
彼が想像していた謎料理オセッチーは、買い込んだすべての材料を鍋にぶち込み、豪快に煮込んだ危険な料理だったらしい。
地底から湧き上がるマグマのごとく、ドロリとした豆シチューから、酢漬けのラディッシュをくわえたニシンの頭が飛び出しているものを想像していたというから驚いた。
ぐろぐろカオスなランチを覚悟していただけに、出てきたものが上品だったので感動が増したようだ。
酸っぱいものが好きなオルランディア人に紅白なますがウケるのは必然だった。そして、またもや巻きずし(の酢飯)が大人気となり、おかわりを作るのに料理人とてんやわんやしてしまった。
アレンさんは二回もおかわりをした。もはやオルランディア人にしておくのがもったいないレベルのコメ男子と化している。
ヴィルさんはおすしよりもお酒派だ。
「まだ昼だから一杯だけ」と言って、小さなグラスでちびりちびりと濁酒を飲んでうれしそうにしていた。
お読みいただきありがとうございます。
アレンのコメ好きには理由があるのですが、この作品の中では語れない理由なので、いずれ別の作品で書こうと思っています。
最新の活動状況については、下記URLで発信しています。
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